「作品」と「作者」切り離して考えますか?それとも…?

 ちょっと突っ込んだ話になるかもしれませんが、ツクラーもクリエイターの一種として、
議論の余地のある内容かなと思ったので、スレッドを立てたせて頂きました。テーマはズバリ、

・ツクール作品をプレイする際、作った「作者」を意識するか

 映画やドラマなどでは「〇〇監督最新作!」とか「〇〇脚本最新作!」果ては「『△△』の〇〇氏の新作!」、
ゲームでも「□□シリーズのスタッフが贈る新作!」など、作者と作品は切り離して考えられないモノと思っています。
フリーゲームとはいえ、ある程度知名度の上がった方であれば「あの作品の作者さんの新作だ~」となるのも解ります。

 ただ…これは必ずしもプラスに働くとは限らないのも事実。良い噂を聞かない作者さんだったりすると
(例えゲーム制作と全く関係のないところでのトラブルや悪評だったとしても)影響が出るものかもしれません。
 というのも自分自身が作者のネームバリューを「物凄く気にする」タイプだからかもしれません。
 あまりに作者さんの悪評を聞かされた後だと、本来は作品を見るべきで、良くないことだと分かってはいても、
 素直に作品を楽しめない…そんなことも多々あるのも事実です。

 ご意見等、お待ちしております。
 

温州みかん

ユーザー
「作者」さんを意識します。

いくら制作ツールやハウ・ツーの開発が進んでも、クリック一つで生成されるわけではありません。
かならず、作品を制作された「作者」さんがいるからです。
クリエーター: 表現者 として考えると、音楽も小説もコミックも、作者さんを意識して購入したり、ファンになったりする人は一定数いるはずなので、ゲームだけ例外、とはならないと思います。
なかには、政治的見解を表に出される先生もいらっしゃいますが、私はアリだと考えている人です。
作品のテーマに”正義”や”友情”が描く場合、その根幹となる”思想”や”イデオロギー”を持たないのは、かえってナンセンスだからです。
「悪の帝国に立ち向かうヒーローは描けても、実際に悪事を働く権力者を黙認していてよいのか」という話です。
ただ、昨今の「政治活動」は「党員勧誘」や「資金提供」を主に指すので、政治に興味を持つこと そのものを敬遠させているようです。
はい、そうです、私は ちょっと左の人です

はなしが それました・・・m(__)m

つまり、私が言いたのは
ゲーム(特にRPGやアドベンチャー)では、ヒロインに作者の趣味・性癖がモロに現れるので、そこを意識すると2倍楽しい!! ということです。
 

沫那環

ユーザー
それなり……いや、かなり同一視します。
自分の作った作品を振り返ると、かなり己の願望や欲望がだだ漏れになっているので、他の人も同じなんだろうと思います。
あまりやりませんが、作者の思考(嗜好)を読みとるために、作品に触れることも……(現代文のテストじゃあるまいし!)
なので、作り手の印象という色眼鏡をかけないで作品の良し悪しだけを見られる人は、純粋すぎるだけか、相当賢い人なんだろうと思います。
 
>温州みかんさん
 格闘家が「拳で語る」ように、ツクラーも「作品で語る」。作品に作者の色が見えるのはとても面白いですね。
 多数の作品を出している方も多く、いろいろなジャンルを出している作者さんもいますが「根幹」の部分は実は
 あまり変わっていないと思う事もあり(これはグラフィックによるところもあるかと思いますが)
 作品に「らしさ」が見えるのはいい事だと思っています。自分もそうありたいな、と。

>猫二郎さん
>製作者の制作能力で良し悪しが決定する事が多い
 それはかなり感じます。「良し悪し」もそうですが「合う合わない」も作者次第ということが多いです。
 ツクール制作技術の向上で、その作者さんの制作能力が上がってもその「合う合わない」は大きく変わらない気がするので、
 合う作者さんを見つけると、関連作品もプレイしたくなりそうです。
 自分(夢幻台)の作品はほとんどプレイしている、という方もいらっしゃり、とてもありがたく思います。
 逆もまた然りで「制作能力の低い作者」の烙印が押されてしまうと、取り戻すのはかなり大変な気がします。

>WTRさん
>作品は好きだけど作者が嫌い、というパターンは思い当たりませんでした
 自分も振り返ってみると確かにそんな感じがします。自分の場合ですが、
 そもそも嫌いな作者さんという方がほとんどいないのですが「ちょっと合わないな…」とか「この発言・態度どうなんだろう?」
 と思う作者さんの場合、その作者さんの作品を未プレイだったり、そもそも作品と呼べるものが無い、というケースが多々。

 そういう意味では「言いたい事言い放題、やりたい事やり放題」なのは作品を持たない方なのかも…。
(通称「無敵の人」とでも言いましょうか)もちろん代表作が無い人がみんなそうという訳では絶対ないですが。
 
なろう系作品のアンチに多いですが、作品を叩くために作者の人格否定をする人も少なからず存在します。
つまり「こんなつまらない作品を作る奴は、モテない中年のおっさんで、精神病で……」みたいな揶揄です。

そもそも作者の人格を知る機会なんて、普通はないはずですし
SNSやここでの発言が全てだとも限りません。
ギャグ作品を作るためには常識人でなければならないと言われていますし
極端な話、推理ものの作者は常日頃人の殺し方を考えているわけですが
だからと言って彼らが殺人願望を抱いているとはいいがたいでしょう。

というわけで、作品と作者の人格は、切り離せる部分とそうでない部分があるというのが
やはり実態ではないでしょうか。

>>温州みかんさんへ
例えば自分は「巨乳はメインヒロインの属性ではない」というのを提唱します。
つまり、メインヒロインよりセクシーだったり、料理が上手かったり
高嶺の花だったり、主人公への好意が全開だったりするサブヒロインを
振り切って、メインヒロインへの愛を示すことが主人公の意志の強さを
表すことになるからです。
これは大塚英志さんが紹介している「単一神話論」で、英雄は誘惑を振り切って
女神への愛を誓うということに対しての個人的解釈です。
個人的な嗜好では、巨乳キャラが好きなのは内緒な

まあそういうことを語るなら「理想のヒロインについて語るスレ」を
立てるべきなのかもしれませんが。
 
最後に編集:
執筆者:神凪洸

考える時は考えるし、考えない時は考えないです。
作者が問題児だったとしても、作品が自分好みにドンピシャであれば普通に触れますし
いい作品を作りやすいメーカーあれば、そのメーカーの作品は追いますし
ぶっちゃけ、自分自身に実害がない限り別で考えられるかもしれません。

作品に関しては誰々の新作!っていう個人名が出ても個人そのものに興味がないので
そういう売り文句に全くなびかないですね。「誰やお前」か「なんか聞いたことある」で終了\(^o^)/
誰が作ってるかぼやけてる、メーカーとかチームとかだと興味対象に入る奴です。

というか、たいがいこいつの作品だからやめとけって言う人達の理由見ても、
その人自身に実害があったか、噂を真に受けてるだけかなので。
よってたかってな話ばかりなので、そういうのは基本情報として知っとくだけで、それだけで決めることはしないですね。
 

ぶー太

ゲスト
「意地悪なトラップ作る人」とか「救いがない展開」とか
「絵の描き方がエロい」などの傾向があると気にする。
もちろん「だからプレイしない」という意味だけじゃなくて、
「だがそれがいい!」という意味でも。
「このメーカーはバグが多い」というウワサとかあると結構警戒しちゃう。

ゲームに関係あるものは気にするけどただ単に作者が性格悪いらしいとか問題児、とかはあまり気にならないです。
 
  • 第一印象(最初にプレイした作品)では警戒したものの、別の作品もプレイしたら好感が持てるようになった
  • 自作品を好意的にプレイしてくれるのに申し訳ないけど、その作者の作風が自分には合わない
  • 自作品をけちょんけちょんに酷評されたけど、その作者の新作は普通に完成度が高い良作だった
上記すべて実話であり、自分にとって良いプレイヤーが必ずしも良いクリエイターとは限らないし、逆もまたしかり。
もちろん作品も作者も好きというケースはありますが、それはあくまでレアケース。
自分の中では、作品の評価と作者の評価は基本的に切り離されているといえそうです。
 
前半と打って変わって今回は「意識しない」派(?)のご意見が多いようです。ご意見ありがとうございます。

>シトラスさん
>そもそも作者の人格を知る機会なんて、普通はないはずですし
>SNSやここでの発言が全てだとも限りません。
 最近インターネット社会が本格的になってきて、以前は知る術のなかった「作者の人格」が分かる(分かってしまう)機会が
 増えたような気がします。発言が全てではない、鵜呑みにしてはいけないと思いながらも、ネット上では発言が全て、
 鵜呑みにせざるを得ないというのが現状かもしれません(もちろんそれが良くないことは分かってはいるのですが)。

>神凪洸さん、ぶー太さん
>作品に関しては誰々の新作!っていう個人名が出ても個人そのものに興味がないので
>そういう売り文句に全くなびかないですね。「誰やお前」か「なんか聞いたことある」で終了\(^o^)/

>ゲームに関係あるものは気にするけどただ単に作者が性格悪いらしいとか問題児、とかはあまり気にならない

 これは潔い…。どうしても『これにて終了』と言い切れない自分としては、ちょっと羨ましいかもしれません。
 これを言ってしまうと作品に失礼かもしれませんが、自分はむしろ作者が主で作品が従。作品というある種『モノ』を通して
 作者を追いかけている…という一面があるのかもしれません。(作品を通して作者と会話したいタイプ)

>なぞのいきものさん
 自分と真逆のケースですが、こういうのもアリかな…という感じもします。
(いけないことだと分かってはいても)自分の場合、作者の評価が急降下すると、前まで楽しめていたその作者さんの作品が
 何故だか素直に楽しめなくなってしまう…という現象に陥ったことがあります。ゲームそのものは全く変わってないにも拘らず。

 ただ自分の「相手の作品の評価」「相手の作者としての評価」はほぼイコールですが、
 「相手の作品の評価」と「相手から見た自分の作品の評価」はイコールではない、というのは有りそうです。
 
遅ればせながら僕からも一言。
最近思っているのですが、商業展開するくらい有名な作品は、作者の名前を知らない人が多く
普通のフリーゲームだと「あの有名な○○氏の作品」みたいに、
タイトルよりも作者名の方が意識されることが多いような気がします。

これはやはり、有名な作品はプレイヤーが多いため、作者名など意識せずにプレイする層が
どっとプレイしているからだと思います。
例えば、青鬼をプレイしている人で、作者さんの名前を言える人は、
何%くらいいるでしょう。

一方、僕の作品では「エミールの小さな冒険」は、神無月サスケありきで
プレイしてくれている人が多いようですね。
ただ、スマホにも移植させてもらいましたが、そちらは別世界、
僕の名前を恐らく誰も知らない感じでした。
まあ、作者が僕じゃなくて、スマホに移植した会社名義での登録だから、なおさら、ですけどね。

要するに、作品と作者を無理に分けて考える必要はなく、
自然と作品ありきか、作者ありきか、に収束していくものだと、
最近のフリゲ界隈を見ていて、結構思うところがあります。
 
ゲームに限らず、漫画だの小説だの映像作品だのでも作品と作者は切り離して見ます。
…というか、作品を楽しむときはそれに集中しますし、選ぶときも特に気にはかけません。
細かいこと考えずに気の向くまま選ぶ性質。

ただし作者の存在を無視するわけでもないです。
一応人となりは見るなどします。
 
>サスケさん
>自然と作品ありきか、作者ありきか、に収束していくものだと、
 ゆるドラのサンプルゲームを作らせていただいた時が、まさに「作品ありき」だったと思っています。
 もっともその時はセリフも展開も全て決まっていて、初のサンプル制作という事で自分が大事にしたいというのもあり、
 極力「作者カラー」を排して作ったのもあったのかもしれませんが。

>レンさん
>ゲームに限らず、漫画だの小説だの映像作品だのでも作品と作者は切り離して見ます。
>…というか、作品を楽しむときはそれに集中しますし、選ぶときも特に気にはかけません。
>細かいこと考えずに気の向くまま選ぶ性質。
 これまた潔い回答ありがとうございます。自分が不器用だからか、古いタイプの人間だからか、それとも他に理由があるのか、
 本当のところは分かりませんが、自分の場合、完全に作者と作品が一体化してしまっている感じがします。
 ゲームに限らずアニメやドラマでも脚本が誰だとか、どこ制作の作品だとか…。もっと素直に「作品」を楽しんでもいいんだよ、
 と言われそうですがどうしてもそう出来ない自分がいるのも事実です。
 
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