フリーゲームでの過激な表現は許容出来る?

CERO(日本でのゲームレーティング基準)でどのあたりまで大丈夫ですか?

  • CERO A(全くダメ、全年齢対象)

    Votes: 5 5.7%
  • CERO B(微エロとかなら○、十二歳以上対象)

    Votes: 11 12.6%
  • CERO C(そこそこなら○、十五歳以上対象)

    Votes: 17 19.5%
  • CERO D(キツめでも○、十七歳以上対象)

    Votes: 54 62.1%

  • Total voters
    87

ヨルシ

ユーザー
Dに投票しました。
自分で過激なゲームを作るなら、暴言、斬首、出血(RPGなら毒以外の状態異常のダメージ表現)
麻薬(ドラクエで言う種が禁止薬物と言う設定や、実際ありそうな薬物でパワーアップなど)、差別とか考えますね。
MVならキャラクター生成機能でオリジナルキャラで、赤面の表情を作り、画面は暗転させて、
顔グラと文章で恋愛絡みの表現ですね。
 

chie

ユーザー
私も、思うところがありましたので、参加いたします。

ネコタさんのご意見に近いのですが、
「R指定の作品を作るのは良いが、公開か否かとなると、影響を考えることは必要」と考えています。

私も、妄想がひどいときや鬱がきついときに、残虐な表現や不謹慎な表現のゲームをつくって発散しています。
でも、そういった作品は、個人的には「公開してはいけないな」と思い、個人で消化するのにとどめています。

やはり、誰でも怒れるときや憂鬱なときがあり、殺人や窃盗などの要素を入れたゲームを作りたくなるときは
あると思います。
ゲーム作りも個人の内面の表現なので、鬱屈を晴らしたい、現実に出来ない犯罪をしてみたい、と思い
残酷だったり性的な表現を入れたゲームを作るのは悪いことではないと思います。
現実にそのようなことをしてはいけないので、ゲームで発散するというのは、心の解放という面では
大事なことではないかと考えています。

けれど、公開するとなると、多くの人の目に触れることになります。
中には、「ゲームが面白かったから現実に人を傷つけたり殺してやろう」と考える人が出てきたら恐ろしいことですし、
ゲーム内で、現実に起きた事件を茶化したり、面白半分で悪ふざけのように入れた表現があったとして、
現実に事件や犯罪に巻き込まれ辛い思いをした方が目にしてしまったら、とても傷つくと思います。

もちろん、「ゲームはゲーム、現実は現実」としっかり考えられている方が多いと思いますが、
気持ちが不安定な方や、分別がまだつかない幼い子達がR指定のゲームを遊んだ後、
悪影響に駆られて現実の犯罪をおこしてしまったら、取り返しがつかないです。

なので、私の個人の意見としては、
「R指定のゲームは作るのは悪いことではないが、遊んだ人、見た人の、のちのちの影響の事まで考えて
責任を持ち、公開するか決める」と言うことは大事ではないかな、と思います。
 

y.kurage

ユーザー
CERO Dに投票しました。

フリーゲームであろうが,コンシューマーゲームであろうが表現したいものは表現し,まず作り手が好きに言い・表し・見せるべきと考えます。
一方で,作品を世間に公開する以上,CEROのような基準となるレーティングについて正しく理解し,自分の表現がガイドライン上のどこに該当するのか示すべきと思います。

例えば,明らかにあってはいけない存在として「ポケモンショック」のような激しい点滅をゲーム中に表示してしまってはいけません。ただそれ以外は,ガイドラインに添った上で自分の作品の表現がどこに位置するのか示せば,十分なんではないでしょうか。

もちろん,そのガイドラインは唯一無二の金科玉条であってはだめで,作り手とユーザーが合意形成し適切なガイドラインというものをアップデートしていかなければならないとは考えます。
 

Saara

ユーザー
僕自身がプレイするならばCERO Dですかね~。作るならCERO Cまでにとどめておきたいですが。
そもそもフリーゲームは「作る側も遊ぶ側もフリー」なので、そういうこと自体を考えるのが無意味にも思えます。
出来た作品からCEROを予測すればそれでいいんじゃないかな?

CEROを意識、いし~きしすぎて、そのゲームの持ち味、目玉が丸くなって凡作になってしまうよりかは、
ターゲット層なんぞかなぐり捨てて、自身の持つ憎悪や性欲をすべて書きなぐってくれている方が、僕は惹かれます。
無論、無理してソレを引きずり出しているような作品は、ちょっとプレイしててつらいですが……
そもそもソレを表現したいからこそやっていて、それでCEROで悩んでいるのなら、
そもそもCEROを低くする考えを捨てた方が、素晴らしい作品になると思います。
仮にCERO Aで世間一般に合わせたとして、真の万人受けなんて作ることは不可能ですし。
 
選択肢にCERO Zが無いんですね… では、Dまでで。

自作品については表現規制なんぞ知ったこっちゃないレベルで
好き放題やろうと決意しています。

結果的に薬物依存のキャラクターだの、親殺しの過去があるキャラクターだの、
人工生命、死んでも代えの肉体に記憶を転送して復活と言った
倫理観を軽く無視する設定を持つキャラクターだの、
人間以外にも色々人外生物が住んでいるので差別意識・選民思想が
創作世界の一部に蔓延るだのとやりたい放題な結果になっています。

登場人物はわりかし高めの割合で死ぬか死んだほうがマシなぐらい
不幸な目に遭う結末がプロットに書かれていたり。
…死に様をスプラッタにすると素材製作的な意味合いで
まさに血を見る事態になるので、案外グロまでは行かないかもしれませんが。

正直な話、これでウケるとは全く思っていないわけなんですが
規制だのなんだのに怯えて作りたいものを歪めたくないのでこのまま突っ走る所存。
臭いものには蓋をせよ、みたいな規制なんぞすっぱり斬って棄てましょう。

なおチキンなので取説その他に厳重に注意喚起は書くつもり。

…エロについては知らないです。私の創作レベルで踏み込んだら
見えている核地雷になること必至ですしそもそも分野がニッチすぎますので。
(でも設定上は結構アウトなのが多い)
 
ご意見ありがとうございます。
何故アンケートにCERO Zが無かったり基準がESRB(PEGI)ではないのかという理由ですが、前者が(日本の)コンソールゲー18禁のレーティングかつ自主規制抜きでも妙に厳しい審査基準で賛否両論という事とこのサイトが18禁では無い事、後者は一応このサイトが日本語圏という事でCEROを基準に一般向けの最高レーティングであるDまでにしました。
(ぶっちゃけCEROの(自主)規制で賛同が多そうなのは核表現位ですが、それでも賛否が分かれる為ここでは多くは語りません)

またCEROよりは仕事していると言われるESRBでもエロと宗教には厳しい関係上(文化的な側面もありますが)、お色気レベルのエロやライトな宗教表現でもレーティングが上がってしまうという問題があるので。
 

にっと

ユーザー
私自身が際どいエログロだったり実際の精神疾患をモロに題材にしていたりするフリゲをふりーむ!を主軸に公開しているのでDに投票しました。
個人的に「18禁までいかない15禁レベルのエログロ」というのも好きで、先にふりーむにどんなゲームがあるのかも確認したりしながら5年間やってきて今もそうしている感じですね。ふりーむだと審査というものが一応ありますし。ただ際どいと判断した場合はあらかじめ注意書を紹介文や本編開始前に先に添えたりしています。ちなみに注意書については商業ゲーム(特にアダルト系)でもちょいちょい見かけますね。
あと表現の許容範囲というのも日々変動しているので、そこにも臨機応変に対応しております。

精神疾患などのセンシティブな問題については、差別の啓蒙などが目的でなければ自己責任ではありつつも取り扱ってよいと考えています。そうでなければ戦争や殺人なども題材として書けなくなりますし。私の場合も、精神疾患を患った自分なりの苦悩を創作として昇華したいという思いもあって作ったりしました。
ただあらぬ誤解を避けるために場合によっては注意書を添えるなどした方が良いとも思っています。プレイヤーが何をどう感じとるかわかりませんので、直接的に「センシティブな題材だけど差別する気は全くないよ」と言葉で伝えるべき時もあるかなと。
 
基本的には「表現自体はどこまでも許されるべき」と思ってますし、法律上も許されてます。
フリーゲームも有料の場合も区別はないです。
有料の場合も許されているんだけど「それじゃ売れない」とか「売ったあと大変」とかあるんで、避けてるだけかと思います。
「死体の表現のために人を殺す」みたいなのは、表現以前に犯罪なのでダメですけど。

ある程度はレーティング表記のようなものも必要かと思いますが、最近の趣味の創作者に多い「苦手な人は注意」系の警告は「そんな細かい事考えてたら何もできんわ!」とか思ったりします。
「虫が苦手な人は…」とか香川照之さんにも虫にも失礼な! とか思います。
基本的にはざっくりとしたジャンル表記やタイトルで十分に内容判断基準として機能すると思います。
「ムシキング」って書いてるのに「虫は苦手なのにひどいです!」とか文句つけてくる人は「はいはい」と無視しておけばいいかと。虫だけに!

個人的に特に嫌いなのは「〇〇が苦手な人はプレイしないでください」みたいな、こっちの行動まで指示してくる注意書きです。
どういう表現が含まれるか表示だけしとけば、そのあとの判断はこっちでするから!
むしろ「〇〇が好きな人、ぜひプレイしてください」と書いてくれた方が〇〇が嫌いな場合も好印象です。
 

ミルリトン

ユーザー
CEROの細かい内容とかは分からないですが、私としてはフリーゲームの許容はガチガチに固めるものではなく「この範囲はこれぐらいにしてくださいね~」的な線引きや許容で良いと思うのですよね。
確かに他の方が仰る誰もが自由にダウンロード出来る環境ゆえに耐性の無い人、知らない人が被害を受けるということもありますが、自由というのはプレイするも危険を及ぶ可能性も0じゃないということで、いい所だけを「自由だー!」といって許容出来ない部分は「ふぎゃぁああ!!こんなの入れるのおかしぃぃ!!」というのは失礼な言葉ですが都合がよすぎます。
(だからと言って騙し系(可愛いイラストを見せておいてグロまみれ、説明では楽しいですと書いて陰鬱だったり、現実の政治思想を混ぜ込む)は自由を利用した詐欺なので怒ってもいいと思いますが、そういうのも結局は騙された自己責任になります)

少し脱線しますが、ドラマや漫画ではベッドシーンやら裸のシーンとかをザラにだして「〇〇、迫真の演技!」・「あのヒロインが…!」とかメディアやらも盛り上げるのに、ゲームだと「子供が真似をするぅぅぅ!!」「犯罪助長!犯罪助長!」と声上げるのは倫理感を求めるならば畑は違えどおかしいのではと思うのですよね。こっちは良くて、あっちはダメ。私はいいけど、あなたはダメという感覚もどうかと思うのですよね。
また、例えば殺人を起こすゲームを子供が見たりプレイした瞬間、「僕は殺人鬼になった!」とか「よーし、人を殺しちゃうぞ~」とかなる訳がありません。ただし、無知ゆえに似たことをして想定以上の結末があるのも事実です。ですので何をしてはいけないかを教える大人という細かな点とその種類を決める倫理という線で囲えば、通常環境であれば子供はその枠をはみ出すことはほぼないと思います。

人が抱える悩みや思考など様々な互いに違う要素がパズルのピースのようにぴったりはまることはあり得ません。だからこそ全体が定めた倫理という枠を守る必要はありますが、必要以上に固めるのは創作の消失を意味しています。作り手も自由さゆえの、プレイヤーも自由な作りゆえの善悪、危険安全含めた可能性を持ってればいいと思うのですけどね。
(じゃあ、これはえっちぃのか!これはグロなのか!という線引きの難しい感覚は存在すると思います。そのグレーを上手く見せるのは製作者側の技量とは思いますが、言葉の表現など考えるときりがないのも事実なのが難しいですね)
 
公開時に注意があれば良いかなと思います
自由な製作がフリーゲームの良さだと思うので

海外の商業グロゲーレベル(モーコンなど)だとちょっと問題ですが
個人orサークル単位で作るフリーゲームでそこまでグロいのは
まず技術的に不可能でしょうね
今の洋ゲーレベルのグラを気軽に個人製作できる時代が来たら反対するかも

グラフィックではなく演出面だと商業では正面から扱いにくい
奴隷への虐待や差別をテーマにした作品などありますが
大抵の場合はRPG的にそういった人たちを救うために旅に出る
って流れになるので悲壮ではあるけどより使命感に燃えたりします
 
(だからと言って騙し系(可愛いイラストを見せておいてグロまみれ、説明では楽しいですと書いて陰鬱だったり、現実の政治思想を混ぜ込む)は自由を利用した詐欺なので怒ってもいいと思いますが、そういうのも結局は騙された自己責任になります)
そういえばエロゲで一時期その手の騙し系流行ってましたね
沙耶の唄やマギカで有名な虚淵玄氏がそういったシナリオが許されるからエロゲで作ってると言ってた記憶ある
どちらもその意外性が話題になってました

フリゲの場合はアイデア勝負やレトロ感や熟れてない素人作品を好む玄人タイプと
実況に影響されたり、単に無料だからプレイしてる人や、子供ユーザーも居たりするから難しいですね


ちなみに私が一番やられたと思ったのは「ひよこ侍」のこのシーンですね~(;´Д`)
主人公が可愛いぬいぐるみ着ているだけで最初からこういう世界観でしたが
みんなビックリしてけっこう話題になったみたいです
ゲームオーバーになるとグロい画像が表示されるのもトラウマだったという意見が多かったです
 
最後に編集:

ぶー太

ゲスト
基本自由であるべきだけど自分はあんまりグロイのはダメなので
どっち選べばいいのやら・・?

>とんび@鳶嶋工房さん

>「虫が苦手な人は…」とか香川照之さんにも虫にも失礼な! とか思います。
>個人的に特に嫌いなのは「〇〇が苦手な人はプレイしないでください」みたいな、こっちの行動まで指示してくる注意書きです。

虫に限らず誰にだって苦手なものはあるのです。
それは別に虫などに悪意があるわけでも見下してるわけでもないと思います。
そのひと「は」苦手って言うだけ。

前もって「苦手な人はプレイしないで」って言うのは、わざわざプレイしたうえで文句言われた時に
「いや、俺、プレイするなって書いといたよね?」と言えるからというのと、
あと、例えば自分が卵焼きを売ってるとしても、
「嫌いだけどいやいや食べます」
「卵アレルギーで吐くかもしれないけど食べます」
と言われたら「せっかく作った料理をそんな風に食べられるのはいや」と思う人は多いんじゃないでしょうか?それと同じかと。

クレームやトラブルが起こる可能性がある以上
誰だってそれを避けたいから注意書きが多くなるのです。
自分も嫌ですが、「トラブルはもっと嫌」と思う人が多いんじゃないかと。
 
クレームやトラブルが起こる可能性がある以上
誰だってそれを避けたいから注意書きが多くなるのです。
自分も嫌ですが、「トラブルはもっと嫌」と思う人が多いんじゃないかと。
なので「虫が嫌いな人は注意」みたいな虫を貶める注意書きではなく、
「虫好きにオススメ」的に書いておけば虫が嫌いな人はあえてプレイしないでしょうし、
虫が好きな人も嫌な気持ちにならないので、トラブルは最小限になるのではないでしょうか。

起こる可能性がある程度ではなく「確実に起こる」ぐらいで判断しないと、
注意書きを無限に書かなきゃいけなくなるので、
あまり気にして萎縮してもしょうがないと思ってます。
 

ぶー太

ゲスト
あくまで自分の価値観だと、ですが、
すべての人に嫌われないものってなかなかないと思うので(どんなものでも嫌いな人はいて当たり前なので)虫を嫌いな人を想定する行為が「虫を貶めてる」わけでは無い気がしました。

虫好きが期待するような作品じゃないけど虫がちょっと出て来る場合とかは
こう表現するしかない気がします。

>あまり気にして萎縮してもしょうがないと思ってます。
それはその通りです。
お互いどれぐらいまで気にするかが違うってことでしょうね。

フリーゲーム配信サイトの方に表現内容などの質問をしたことがありまして、
「心配なら一言注意書き入れるといいよ」とアドバイスをもらうことがあったのもあり、
自分は注意書きを書く時は書きます。
 

温州みかん

ユーザー
あえて CERO A(全くダメ、全年齢対象) に投票
理由:小学生をプレイヤーから(強制的に)排除するシステムが確立されていないから 
また、ネットはそうあるべきではないから

我々は「自分たちの子供(小学生)が遊んでいる姿」を想像して制作するべきです。
これは、大人を対象としたゲームを否定するものではありません。
趣旨や内容が法や秩序に反し、またこれを推奨していたり、クリア条件にしていたり、過剰に残虐な表現を臨場感いっぱいの映像として再現しても、知性的な利益にはならず、大人や子供を含めて反社会的な衝動をあおるとともに、意識のハードルを下げてしまうからです。
漢字は調べれば読むことができますし、すべてを理解しなくても、なんとなく進めることができます。
そのうえでの配慮が必要だと考えています。
また、小学生時分には難しくても、大きくなったらやってみよう、と思わせる魅力的な何かが必要とも言い換えられます。
グラ・セフ・シリーズは「ある意味分かりやすい」のでいいゲームです。
半端に混ぜているのがダメ。

CEROについて語ると長くなるので割愛します。
あれは利権団体で、審査も半分以上、制作メーカーの自己申告のようなものです。
※蛇足
似たようなものにソフ倫(コンピュータソフトウェア倫理協会・EOCS:18禁シールの発行元)がありますが、近年、一般家庭用ゲームの審査についてはCEROに一本化されたようです
 
私は単に
〇〇な表現があります
とだけ書きますね

〇〇がメインのゲームでも、一箇所のイベントだけある場合でも、関係なく書きやすいです
自分の場合、自分が不快に感じてるテーマを描く事も多いです

自分が子供の時はネットも普及してなかったですし
フリゲが子供に与える影響って想像がしにくいですね
そこまで公共性が高いと考えてはいないかも
(数万DL行くような人とかはともかく)

アツマールあたりは子供が多いのかな?
ふりーむは自分の作品データだと、こんな感じなので
あんまり子供をイメージしてません(;^_^A

キャプチャ.JPG

子供はアカウント登録しないだろうから、反映されてないだけの可能性も高いですけど
ツイッターや2ちゃんと比べると意図せず過激なイラスト等を見せられる前に
ゲームは概要見てからプレイするものなのであまり危険視してないのもあります

フリゲの場合、地雷を踏んだ時はその作者は次から避けよう・・・ってなるかな
表現の問題が作者個人の世界観に帰属しやすいって部分もあります
 
>我々は「自分たちの子供(小学生)が遊んでいる姿」を想像して制作するべきです。
 この視点はとても大切に感じます。そしてそれは作り手だけでなく、プレイヤーに関してもそうあるべきと思っています。
 
 故あって小学生と関わる機会は少なくないのですが今の小学生はいわゆる「ネットスラング」と呼ばれる言葉を平気で使います。
 日常生活では使うべきではないという事を遠回しに伝えているのですが、リアクションはほぼほぼ100%「なんで?」です。
 言われると嫌な言葉だから、という説明をしても「いや、自分は言われても嫌じゃないし」という冷めた回答。
 特に(ゲーム単体の名前を出すことは避けますが)オンラインゲーム及びネット上のゲームをメインでプレイする子どもは
 その傾向が顕著です。理由は単純明快「そのゲーム上でのチャット、会話の言語環境がそうだから」。
 煽り煽られ、罵倒し合う環境の中でそういった感覚はマヒしてしまったのかもしれません。
 Twitterで流れてきた衝撃のツイートに
 『学校でチクチク言葉(使ってはいけない言葉)を掲示してたんだけど、ゲーマーにこれ守らせたら無言になるぞ』
 というものがありました。もはや煽りとゲームは不離なもの、切っても切り離せないし、切り離しては成り立たないもの、
 という認識になってしまったのかもしれません。

 原因を分析すると長くなりそうですが、ゲームがリアルになり過ぎた事、本当の意味でゲームと現実の垣根が無くなりつつある、
 そんな状況にあるのかもしれません。これは以前から危惧されていたことですがそれがいよいよ現実化してきたかなと。
 例えば「ゾンビが出てくるゲーム」と銘打っていても、初代魔界村や悪魔上ドラキュラに出てきたような16×16ドット絵の
 1ザコ敵にすぎないゾンビと、新作のバイオハザードに出てくるようなリアルなゾンビではインパクトが全然違います。
 「銃で相手を撃ち殺すゲーム」と言ってもファミコンの「エレベーターアクション」のようなチマチマしたドット絵と、
 昨今のFPSのようなリアルなゲームに関しても然りです。単純な「過激な表現」であればむしろ昔の方が過激でしたが、
 それはゲームの中だけ、と割り切ってやっていたし、ゲームの範疇を越えるものでは無かった、と考えています。
 言葉に関しても、どう見ても現実離れした魔王が「死ね!」というのと、現実に近い高校生(くらいの少年)が「死ね!」と
 いうのでは重みが全く違います。
 子どもは「現実との距離感」は「現実にどれだけ近いか」で測ります。「ゲームか、現実か」では測りません(測れません)。

 子どもが見ている前提で作る以上「この物語はフィクションです」と前置きせずとも「そんなのゲームだけだろ!」と
 子どもの方から突っ込んでくれる「ゲームはゲーム」と割り切れる作品を作るのがポイントなのかもしれません。

 フリーゲームが子ども与える影響に関しては自分も未知数ですが、自分の考えとしては…。
「子どもは、期待するほど自分のゲームを見てはくれない。でも、油断していいほど見てなくもない」です。
 不必要に恐れる必要はないですが、何かあったら謝るくらいの覚悟は必要…かもしれません。
 
最後に編集:

ぶー太

ゲスト
>真価魔禍さん
確かに。表現内容を教えるだけで虫が嫌な人は避けますね。

みなさんがここで言う「フリーゲームは小学生を想定しろ」と言うのは
いわゆる「○禁」ではなく年齢制限がないゲームについて言ってるのですか?

例えば18歳未満でも18禁ゲーやっちゃう人がいるかもしれないのは知ってますが
それを言っちゃうとほんとに作りたい物も何も作れなくなっちゃうから、ちょっとなあ・・。
 
最終的に議長により編集されました:
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