現代にあるもののパロディについて

現代をモチーフとしたり、たとえファンタジーものなどでも
現代にある物のパロディが出てくることがありますが、それについて
どう思いますか?
例えば、実在する商品の名前やアニメの名セリフを少しもじったり、伏字にするなどです。

個人的には、伏字「R○Gツクー○」とかよりも元ネタを想起させる
パロディのほうが好きです。
理由は、元ネタがわかるとニヤリとできる上に作る側の
工夫の跡が見られるからです。

自分が考えた例だと
  • 15作以上シリーズが出ている人気RPGシリーズ・オメガファンタジー
  • ラーメンチェーン店・疾風堂
などです。
 

ミルリトン

ユーザー
私の思うこととしてですが…
パロディって正直難しいラインで使いにくいのがまず第一イメージですね。
というのも、今のコメントなどの足跡が残り、匿名性があるプレイ環境は似せたネタにあまり寛容ではなく、たとえば…

バニーズ…男女問わず店員が兎の格好をしているファミリー向けレストラン。一見変わっているがファミレスながら料理の質は高い

があったとします。(元の名前は有名ファミレスです)
昔のゲームプレイヤーでしたら「バニーちゃんは網タイツ!?」「いやいや、そこはメイド服だろ!」とある意味馬鹿げたことでも
互いの趣味を認めつつぶつけ合い、かつ元ネタを楽しみつつ「子供の頃にアレ好きだった」とかで盛りあがれたのですが、現代でこれをすると
「はい、営業妨害。通報しますね」
「つまんね」
「こういう寒いネタをやる作者は総じてクソ」
「〇〇(他作品名)のパクリ」
などとネガティブが先に走って、なおかつその元ネタのけなしあい、マウントの取り合いが始まります。(低所得者が行く場所だとかのゲームとはなんら関係なく、喧嘩腰のコメントがつきます)

私個人は使いにくいとは言いましたが、パロディは嫌いではありません。作者さんもこの店行ってたんだ!とか〇〇の作品名のことがもしかして好きなのかななどと親近感を覚えますし、私も制作する側でそういう質問をされたら「そうなんですよ!」と会話が弾むようなネットという広い世界で手を繋げるという幸せがあります。ただ狂犬のようにいきなり噛みついて、しかも匿名性を武器に好き勝手暴れる方が見受けられ、それが非常に使いにくい原因にも感じます。
(私は今昔で区別していますが、どちらかというと手軽に誰もがネット出来る現代環境がこういう功罪を生んでいると思ってます)

最後に私の戯言ですが、色々な思うこと・やることに対して意図的に貶めるようなことでもないのにいいように捕らえては過敏・過激に反応して一々すべてに対応しなきゃいけない。言い方が悪いですが技術が発達して生活などは良くなったが、人の心は悪くなったと感じています。それゆえにパロディや小ネタなどが使いにくいというのが悲しいですね…。
 
「ネタとシリアスの狂い咲き」を地で行く作品を作っている自分としてはパロディネタを「無し」とされると、
作品が全滅する勢いでパロディ賛成派です。

 ただ、パロディを作る際には「元ネタをしっかりリスペクトすること」を心がけています。(少なくとも心がけは)
持論ですが、元ネタを尊重する姿勢が無い(というか足りない)パロディの仕方をしている作品ほど、荒らしコメントが
付きやすい感じがします。もちろん全てがそうでないことは百も承知ですが、作品が荒んでいればコメントも荒むのは
むしろ当然と言えます。特に今の時代はノリで済まないレベルのものも多いので…。
 

ufo_1122

ユーザー
個人的にはアリかなあと思ってます。
市販の有名作品でも「どっかで聞いた名前だな」って思うようなパロディはありますし、容量用法を間違わなければいいアクセントになると思います。
「ユウシャロト ココニネムル」「リンク ここにねむる」なんかは有名ですね
その扱いが「知ってる人、気づいた人がニヤニヤする程度(作中では名言しない)」なのか、「『どっかで聞いたような』『今のは危なかった』等、ほのめかす程度」なのか、「『それって○○じゃないか!』等堂々パロディであると公言する」のか、などというところはどんな作品にもよりますが。

もちろん完全に同じ流れや台詞にしてしまったり、パロディを詰め込みすぎて元々の作品のカラーが見えなくなってしまったり(元々パロディしまくるというカラーの作品であればその限りではないですが)、元ネタをけなす方向だったりするとちょっと……と思う人もいるかと。
 

開拓者

ユーザー
ワンカップ狼藉とか麦とコップとかいう酒を出したり
マクベナルドのギャンバーガーとか言ってた人間としては現代にある物をパロディにするのはアリだと思います。
(マクベナルドの横にドムドムバーガーがあってジムビームが売られていると……)

でも、パロディが元を有名にする事があれば元がパロディで被害を受ける事もありますからね……
たとえばハゲの歌は面白い替え歌ですがみんながハゲの歌を思い出すせいでシリアスな場面でバッハを使えなくなった人も居ます。
パロディは笑わせる薬にもなれば傷つける毒にもなるので、やる人のさじ加減と見る人の耐性次第な面もありますね。

誰かを傷つける覚悟を持った上で全力で笑わせないと質の低いパロディになってしまうのかもしれませんし
誰かを傷つけてしまうと意識しすぎているから質の低いパロディになるのかもしれません。
質の低いパロディが増えるとパロディ自体が否定されるけど質の低いパロディを受け流せないままでは自分が成長しません。
アリだけどナシ、ナシだけどアリ、答えの出ない無限ループって感じです、誰も傷つけない質の高いパロディって何だろう?

質が高ければ印象に残る、印象に残るほど悪影響がある。
質が低ければ印象に残らない、印象に残らないという事は安全でもある。
どこまで踏み込んでいいのか、どこから踏み込んではいけないのか。
他人の目を気にする人はこうなってしまうので、自分のやりたい事を腹くくってやるしかない気もします。
 
最後に編集:
「こいつを飲むと人を殺したくなるんだ」とか殺人鬼に言わせたりするようなことでもなければ、気軽にパロディしていいんじゃないかと思ってます。
できれば、そういうアウトな使い方でも受け手のリテラシーで有りになって欲しいとは思ってますが、現状では危ないかなーと。

「龍が如く」シリーズなんかは、ドンキホーテとかそこで売ってる商品とか、実際のブランドをそのままの名前で使ってて、その交渉力とか調整力とか凄いなと思うし、自分もそうしたい気持ちもありますが、もし「龍が如く」の製作者の立場だとしても、交渉することを考えただけで怯んじゃいますね。
「シュタインズゲート」のドクターペッパーやX68000も印象的でしたね。

「ポケットモンスター」のタウリンあたりは、商品名とは全然違うけど連想させるパロディでうまいなと思いました。
実際の化学物質名なんで、誤解も産みそうだなとも思いましたが。

世界観とのすり合わせもあって、一概には言えませんけど、僕は比較的寛容派です。
 
>マクベナルドのギャンバーガーとか言ってた人間としては現代にある物をパロディにするのはアリだと思います。
こういったいい意味での「遊び心」のあるネタであれば、文句は言われないと思います(大抵の場合は)
中にいるお客さんに「あれは、良いものだ~!」と言わせてみたり。

 自作品もよくよく考えたらネタの集合体の側面もあります。100円ショップは「ダイナソー」ですし、
「銀たま乱太郎」なるアニメも流れている設定ですし。

 今の時代、特に気を付けた方がいいのは以下の2点な気がします。
1.社会問題・障害系
 特に今はLGBTの関係もあるので、男性女性の好みや性差については茶化すネタは慎重に扱うべきと思います。
(全く使うな、という意味ではありません。自作品にも表には出しませんが障害もちはいます)
それらの人々を出す、扱う分には、むしろあって良しと思いますが、奇異な存在として触れ過ぎるといけないかなと。

2.犯罪・災害系
 これもゲーム上で地震とかを扱うな、という意味ではないですが、
特に今なら北海道地震を容易に連想できるネタとか、
流行語(?)「メンバー」のきっかけとなったアイドルのスキャンダルとか、
特定の事件・災害を容易に連想でき、それを茶化して笑いを取る、というのは避けるべきかなと思います。
 

ヨルシ

ユーザー
これがパロディに入るか分かりませんが、僕はマクドナルドを使うならハンバーガーショップではなく、銃器メーカーで表現します。例えばマクドナルドという銃として。マクドナルドってマスコットキャラクターのドナルドの苗字なので。
銃器メーカーのウィンチェスターやイングラムなら名家の一族を表現したいです。ウィンチェスターの血統のイングラム一族ってな感じで!
ネット用語の「ググレ!カス!」を中世ヨーロッパが相場のファンタジー世界のRPGに置き換えるなら、何かをNPCに尋ねると「自分で調べて!」と表現します。誹謗中傷は抜きにして…。
サクランボだったか料理関係のゲームの説明文の「レロレロ」は吹きました。
マイルドセブンというタバコをワイルドセブンに変えるパロディがありますね…。タバコならファンキーシックスとかどうでしょうか?
パロディにするくらいなら世界観を考えて欲しいのが僕の考えです。
 
>マイルドセブンというタバコをワイルドセブンに変えるパロディがありますね…。

煙草の銘柄のパロディ! いいですねぇ。
結局SRPGにすることになって凍結中の作品、
MP回復アイテムとして煙草が用意されていたりしたもので
実にそれっぽい銘柄を作ったりしていたものです。

大体こんな感じでした。
しんせい→キンセイ
プライベートストック→シークレットストック
ラッキーストライク→ハッピーブロウ
ケント→セイン
ブラックデビル→ホワイトデーモン
バイオレット→マゼンタ
メビウス→インフィニティ

ケント→セインあたりはFEを知ってないと判らないとかそういう奴です。
(烈火の剣の赤緑騎士がケント&セインだったので)

アイテムアイコンまで作ってたりしたのですけれども
お蔵入りになってしまったのが惜しいのか惜しくないのか…
 
現代にあるもののパロディを入れるというのは、
僕はどちらかというと賛成派です。
時には、その時の流行を反映してたけれど、時間が経つと、
あー、懐かしいね、っていうのも結構ありますが、
それで、ゲームが作られた時期っていうのが分かりますからね。

王道のドラクエでも、8では、パペットマペットのパロディの敵が出てきて
「そういえば2004年ごろ流行っていたなあ」なんて思ったり、
9では甲斐性なしで働いていない青年の名が「ニード」(ニートに語感が似ている)
などがあり、堀井雄二はこういうのが好きなんだな、って思っていました。

そんなドラクエなので、社会問題なんかについても、配慮していますね。
ドラクエ11では、ゲームの中盤で、一旦世界が崩壊しますが、
その際、主人公の生い立ちの村が「最後の砦」になり、皆そこに避難したり、
避難しようとしていますが、そこを見て思ったのが、3.11や、
それ以降の最近多発している大震災などの自然被害です。
ゲーム内では、世界に異変が起きていても、決してあきらめない、皆が助け合う、
そういった「絆」が強く描かれていたように思えます。

やはり社会問題について描くときは、「誰も傷つけない」
「皆を幸せにする」こういう描き方が大切なんだろうな、と思いました。
 

開拓者

ユーザー
やはり社会問題について描くときは、「誰も傷つけない」
「皆を幸せにする」こういう描き方が大切なんだろうな、と思いました。
脱線しますが、誰も傷つけない皆を幸せにするシナリオは予定調和の茶番劇になっちゃうんですよね。
ぶっちゃけた話、「誰も傷つけない」と「皆を幸せにする」は両立できません。

最初から全員を幸せにするつもりで作っていたらどこかで茶番劇になってしまうので
全員を幸せにするつもりなら全員を突き落とす覚悟で挑まなければいけません。
全員を突き落とした上でハッピーエンドを用意してこそ全てのキャラが報われるのかもしれません。

傷ついて死ぬのが幸せなのかもしれないし、生き残るのが幸せかもしれない。
復活するのが幸せなのかもしれないし、復活したせいで感動が台無しになるかもしれない。
危険が無ければ静かな場所を平和で良いとは思えないように
皆を幸せにするためには一度は突き落として傷をえぐらなきゃいけないんですよねぇ……
創造主の世界って業が深いなぁ('A`)
 
最後に編集:
>誰も傷つけない皆を幸せにするシナリオは予定調和の茶番劇になっちゃうんですよね。
>ぶっちゃけた話、「誰も傷つけない」と「皆を幸せにする」は両立できません。
 個人的には「予定調和の茶番劇」大いに結構派です。理由は単純「だってフィクションだから」。
いろいろある現実とは離れた世界だからこそ、安心して観ていられる「茶番劇」も時には必要と思っています。
従って「誰も傷つけない」と「皆を幸せにする」は両立できるし、アリだと思っています。

 それじゃ面白くないだろうという方もいると思いますがそこは「ゲーム」。
だからこそゲーム的な面白さ(ちょっと抽象的な表現ですが)で勝負するのが楽しい、と考えています。
 

開拓者

ユーザー
子供に怖い話が必要で大人に茶番劇が必要だと考えるとどっちもアリですね。
茶番劇を目指して茶番劇になるのと怖い話を目指して茶番劇になるのはちょっと違う気もしますが……
 
最後に編集:

seea

ユーザー
結果的にパロディ元を貶めたり、パロディ元の評価に関わるような描写があったり、
パロディ元が主体となってシナリオに登場することがなければ、問題になりにくいです。

なお、伏せ字はパロディ元を十分特定可能であれば実質伏せていないものと扱われますので
伏せていないのと特に変わらないです。

パロディの使い方としては、
シナリオの主体ではなく、補助役としてほんの少しだけ登場するのみとし
かつ、パロディ元の評価を高めるような(少なくとも下げない)取り扱いをすれば、大丈夫でしょう。

実例として、主人公が毎週楽しみにしている漫画雑誌という扱いで
"サムデー" が絵柄付きで登場するコミックがあります。
(私がよく読んでいる「ちゃおコミックス」の漫画の場合)

その作品では、主人公の台詞では一言も件の雑誌名に触れておらず、
1コマの背景の絵柄の一部に使われているのみです。(シナリオの主体ではないため)

さらに、その絵柄も "サム" までは読み取れますが "デー" のところは文字の半分が隠されていて
元ネタを知らないと元が何であるのかは、まず分からないです。
このくらいの「一瞬だけ登場」が丁度良いのではないでしょうか。


現代にあるもののパロディは、オリジナル作品でほんの少しだけ登場させることは十分可能ですが
元の協力(許可)を得ずに、シナリオの主体として登場させることはゲームでは難しいと思います。
元の協力を得れば良いことなのですが、個人では厳しいハードルになるかもしれません。

シナリオの主体としたい場合は、数百年以上前の著名な歴史上の人物、伝記、伝承、神話を扱うのが安定ですね。
歴史上の人物は扱い方にもよりますし、知識も要求されてしまいますが、
その人物や組織を改変しすぎたり、著しく貶めることがなければおそらく問題はないだろうと思います。
 
皆さん、様々な返信ありがとうございます。

開拓者さんの話は自分的に「バッドエンドの可能性があるから、ハッピーエンドが輝く」という
話だと思いました。つまり、都市伝説で出回っているサザエさんやドラえもんの最終回、例えば
「磯野家崩壊」や「のび太植物人間エンド」、一部の同人誌で日常系アニメの
破滅的な将来を描いたものなどは、その作品をディスるというのもあるでしょうが
「ハッピーなエピソードを補完するためのスパイス」としても機能しているかもしれません。
東浩紀さんも、そんな感じのことを言っていました。

もちろん、フィクションの中にまでそんなものを持ち込んでほしくないという
意見があるのも事実です。

例えば恋愛ゲームの「トゥルーエンド」は、あくまでも主人公とヒロインが幸せになる
エンディングであって、ライバルは確かに幸せになりません。
とはいえ現代では、同人・二次創作文化があるため「自分は、ライバル×ヒロインを絶対に支持します」と
いって、即売会で同人誌を出すのもありでしょう。もちろん、他のファンに迷惑をかけるのは論外ですが。
(そういう同人誌を出されるのが迷惑というのは、即売会では通用しません)
夢幻台さんは、干支ランジェシリーズが想像以上に人気が出て、異性、同性問わず想定外の
カップリング同人誌を作られたらどう思いますか?

シナリオの主体としたい場合は、数百年以上前の著名な歴史上の人物、伝記、伝承、神話を扱うのが安定ですね。
歴史上の人物は扱い方にもよりますし、知識も要求されてしまいますが、
その人物や組織を改変しすぎたり、著しく貶めることがなければおそらく問題はないだろうと思います。
この事例は、戦国BASARAの大谷吉継の例がありますよね。
「ウマ娘 プリティダービー」の場合「あまりにもイメージを損なう二次創作はやめてください」という
公式のお達しがありました。
 
フィクションとノンフィクションがコラボするのは夢なので、私はパロディ全然あり派。

私も人気になって、現実にあるS市のLAWSONをOWSONに塗り替えるイベントみたいなのやってみたい(超壮大な夢)。
あれ行ってきましたけど、めっちゃテンション上がった。世界が変わった。

ユニバもランドも、そういう類のものだと思う。世の中、何が現実になるか分からないよ?
(スレの趣旨は、そこまで壮大な話ではないと思う。すっごいどうでもいい呟きでごめんなさい)
 

開拓者

ユーザー
ウマ娘 プリティダービーの書き込みを見て思ったのですが、競馬の擬人化も現実にある物のパロディですよね。
イメージを損なう二次創作をした人が自分の二次創作に対して「あまりにもイメージを損なう二次創作はやめてください」と言うのって自分に対してブーメランを投げてる感じがするんですよね……
自分の作品はパロディ元のイメージを損ねてないと言い切れるのか、自分は良くて他人はダメなのか、胸に手を当てると微妙です。

美少女ばかりの擬人化が大嫌いな人から見たら「いつからそれは一次創作になったんだ」と言いたくなるのかもしれません。
上手く言えませんが、頭の中のモヤモヤです。
 
最後に編集:
私の思うこととしてですが…
パロディって正直難しいラインで使いにくいのがまず第一イメージですね。
というのも、今のコメントなどの足跡が残り、匿名性があるプレイ環境は似せたネタにあまり寛容ではなく、たとえば…

バニーズ…男女問わず店員が兎の格好をしているファミリー向けレストラン。一見変わっているがファミレスながら料理の質は高い

があったとします。(元の名前は有名ファミレスです)
昔のゲームプレイヤーでしたら「バニーちゃんは網タイツ!?」「いやいや、そこはメイド服だろ!」とある意味馬鹿げたことでも
互いの趣味を認めつつぶつけ合い、かつ元ネタを楽しみつつ「子供の頃にアレ好きだった」とかで盛りあがれたのですが、現代でこれをすると
「はい、営業妨害。通報しますね」
「つまんね」
「こういう寒いネタをやる作者は総じてクソ」
「〇〇(他作品名)のパクリ」
などとネガティブが先に走って、なおかつその元ネタのけなしあい、マウントの取り合いが始まります。(低所得者が行く場所だとかのゲームとはなんら関係なく、喧嘩腰のコメントがつきます)

私個人は使いにくいとは言いましたが、パロディは嫌いではありません。作者さんもこの店行ってたんだ!とか〇〇の作品名のことがもしかして好きなのかななどと親近感を覚えますし、私も制作する側でそういう質問をされたら「そうなんですよ!」と会話が弾むようなネットという広い世界で手を繋げるという幸せがあります。ただ狂犬のようにいきなり噛みついて、しかも匿名性を武器に好き勝手暴れる方が見受けられ、それが非常に使いにくい原因にも感じます。
(私は今昔で区別していますが、どちらかというと手軽に誰もがネット出来る現代環境がこういう功罪を生んでいると思ってます)

最後に私の戯言ですが、色々な思うこと・やることに対して意図的に貶めるようなことでもないのにいいように捕らえては過敏・過激に反応して一々すべてに対応しなきゃいけない。言い方が悪いですが技術が発達して生活などは良くなったが、人の心は悪くなったと感じています。それゆえにパロディや小ネタなどが使いにくいというのが悲しいですね…。
個人的にはアリかなあと思ってます。
市販の有名作品でも「どっかで聞いた名前だな」って思うようなパロディはありますし、容量用法を間違わなければいいアクセントになると思います。
「ユウシャロト ココニネムル」「リンク ここにねむる」なんかは有名ですね
その扱いが「知ってる人、気づいた人がニヤニヤする程度(作中では名言しない)」なのか、「『どっかで聞いたような』『今のは危なかった』等、ほのめかす程度」なのか、「『それって○○じゃないか!』等堂々パロディであると公言する」のか、などというところはどんな作品にもよりますが。

もちろん完全に同じ流れや台詞にしてしまったり、パロディを詰め込みすぎて元々の作品のカラーが見えなくなってしまったり(元々パロディしまくるというカラーの作品であればその限りではないですが)、元ネタをけなす方向だったりするとちょっと……と思う人もいるかと。
むしろ今は特定のネタ以外はディスられる風潮なので……。なおイニシャルを挙げるレベルの名指しですら確実に荒れるのでワードなどは出しませんが、分かる人には分かる物です。

加えて、ポリコレや権利問題もあるのでパロディ以前に「正しい」物を作らないといけない悪夢。
政治的にもインターネットトロール(荒らし)的にも過度に圧力が強くなっているので面倒な時代です。
 

開拓者

ユーザー
そもそも「正しい二次創作」ってあるのでしょうか。
LGBTの1人を精密に描いた作品でも他のLGBTから見たら間違ってる部分があります。
正しさを決める人の正しさって誰が保障するんでしょうね。
正しさを掲げる時こそ考えたほうがいいけど正しさを掲げる時こそ見落としやすい、難しいです。

自分が正義になろうとするとギスギスした世界になって自分が悪だと自覚していれば争い事が起こらない
正しいのが間違っていて間違っているのが正しい、業が深いなぁ('A`;)
 
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