現代にあるもののパロディについて

>シトラスさん
>夢幻台さんは、干支ランジェシリーズが想像以上に人気が出て、異性、同性問わず想定外の
>カップリング同人誌を作られたらどう思いますか?
 あまりにも唐突の振りに戸惑いながらも回答します。「モノによる」です。
抽象的すぎてすみませんが、そうとしか言えないかなあ…と。基本的には自分も見てみたいという気が強いですが、
何でもアリ、という訳にもいかないので。

 先日完成した自作品キャラのコラボ格闘ゲーム「カラーズパーティー~THE ROLL UP "END"~」という作品では
元ネタである自作品のキャラクターを、共同制作者であるrusyunさんに独自のアレンジをしていただいております。
中にはダイナミックに、少なくとも自分が考えたら絶対にしなかったレベルのアレンジが施されているキャラもいますが、
それは元ネタキャラをリスペクトしていただいた上でのことでもあるし、基本OKにしています。


>自分の作品はパロディ元のイメージを損ねてないと言い切れるのか、自分は良くて他人はダメなのか
 見解は違うと思いますが「自分は良くて他人はダメ」、言い切る人が案外多いと思います。
一見無茶苦茶な理論ではあるし、元ネタのファンを無視しかねない言動ではありますが、
「自分はちゃんとパロディ元に許可もらってOKされてるから」と言われれば、一応の筋は通っているかなと。
 表沙汰にはしないと思いますが、本当はもっと過激な表現もあったけれど、パロディ元ネタから待ったがかかって、
いろいろ試行錯誤の上で現在のモノになっている、という可能性もあります。そのあたりは水面下のやり取りになる
可能性が高いので何とも言えませんが、三次創作でもそういった筋は通してほしいという思考も分かります。

 元ネタ側も作る側も、そしてプレイヤーも嬉しい「ALL WIN」の関係が築けたらいいなと思っています。
 

ミルリトン

ユーザー
スレッドの内容からは少し逸れますが…
ウマ娘 プリティダービーの書き込みを見て思ったのですが、競馬の擬人化も現実にある物のパロディですよね。
イメージを損なう二次創作をした人が自分の二次創作に対して「あまりにもイメージを損なう二次創作はやめてください」と言うのって自分に対してブーメランを投げてる感じがするんですよね……
自分の作品はパロディ元のイメージを損ねてないと言い切れるのか、自分は良くて他人はダメなのか、胸に手を当てると微妙です。
開拓者さんの仰る通り活躍した名馬を美少女化するなんておかしい!と思う方は少なからずいると思います。ですが、これは無断で名前を使用して美少女化してるわけではなく、制作元が馬主様(正式名称があるかもですがここではこう呼びます)とちゃんと話を通して行っているもので、公式の言うイメージを損なう二次創作とはキツメのリョナなど(四肢切断や犯罪行為推奨的なもの)と思います。(アニメの作品内でもifストーリ-はあるものの、現実のその馬の軌跡を人間化した心情で組み合わせて伝えることをしています)

私は始めに書いた内容の通り、現実ではパロディは使いづらいものではあるが嫌いではないと言いました。
他の方でも意見がありますが、パロディで言えば元となる作品に対する敬意を含めて自身の作品に登場させたい…、だけど権利などの問題から直接は使えない→じゃあ名前を変えたり、隠し要素で自身の作品に思い出の欠片を残そうとかになります。
例えばこれが「○○(作品名)はゴミ!買う価値無し!」とかでしたら怒られたりして当然と思いますが、世の中に出ている数多のものが誰の手に渡り、どのように使われたかなんて誰も分からない中で、自身の軌跡ではありませんが「この人もコレをやっていたんだ」という共有意識を持たせる意味でもパロディの存在は必要と感じます。(今ではネットで簡単に伝えることが可能ですが、無い時代はメッセージという意味でもルール的にはいけないけれど、しょうがないな的な感覚でスルーされていたと思います)

そもそも、私が始めの発言の考えに至る原因になっているのはパロディ問わず、何か問題としてあげられるものに何でもかんでも首を突っ込む第三者と炎上をさせる環境があるのが問題だと思ってます。
環境的なことは始め話した通り、手軽にかける利便性と素顔の見えない匿名性から安全圏にいるという錯覚を覚えて攻撃的になること。そして閲覧率の高いまとめサイトなどが読者を煽るような記事を書いてそれに油を注いで炎上させる。これが原因のひとつとは思っています。(義憤に駆られる・ルール(法律)を誇示しすぎるなどもありますが大きい要因として)
法的にはパロディは良くないラインかもしれません。ですが開拓者さんのいうウマ娘しかり、他の内容しかり公がバーンと24時間出して見ることを避けれないかといえばノーであり、わざわざ目くじら立てて責めることではないと感じます。
事件・事故・災害・戦争・性問題・日常の問題…全てが日々絶え間なく変化する中で対峙することは当然大切ではありますが、見ないことも一つの選択であり、何でも完璧な結論や判断を下さないといけないのはあまりにも窮屈な世界を生み出すだけです。
(こう書くと上記の問題で苦しんでいる人を見捨てている!非情!鬼、悪魔!と言われるでしょうが、いくつもある選択肢の一つとしてあげているだけです。言葉より体が先に行く人、またその逆、自身の出来る範囲で考えるなどある中で多数が言うからそれに従わないといけないのはおかしいと思うだけです)

…ただ、こういう個人が作成するゲーム内で初見にそれを求めるのは難しいとは思います。ですがパロディを作成した製作者さんを寛容に見れるかはどうかは人によって様々です。明らかな悪意としてもまずは自分の考えを公に大声で伝える前に制作した人に伝えてあげる優しさもあるといいなと思ってます。
 
何だか重篤になってますね。ライトな路線に戻しましょう。

「名探偵コナン」で、謎解きの鍵としてゲームが出てきた時、
そのゲームは同作者の旧作「YAIBA」でしたよね。
(「YAIBA」は現実にゲーム化されていますが、それとも別物のようです)
私としては、他所のものをパロディにするよりも
このように自作品で使えるものは使い回す方が
穏当だと思われるのですが、どう思われるでしょうか。
拙作でもよくやってます。
 
パロディなのかどうか微妙な範疇かもしれませんが…

図鑑プラグインを導入しているので、
知っている人ならニヤリと出来るもの、
何をモデルにしたのかが判ったりするかもしれないもの、
と言うのは長々と記入できる解説文にわりと入れがちです。

ダンジョンを脱出するためのアイテムが糸状の物質で、
「糸は持ったかい?」という標語が冒険者間で広まりつつある、と言ったような。

モンスターから手に入る目玉の図鑑テキストには
「いや、そんな!あの目はなんだ! 窓に!窓に!」なんて書いてしまったりとか。

銃の名前も明らかに元ネタがあるだろう、というのが多いです。
特にリボルバーに限定してしまっているマグナム。
「サラマンダーM29」「オロチM500」なんかが最たる例。
実銃はメーカー同じなのにこのゲームでは違うんかいとか突っ込まれそう。

再装填には銃弾を取り付けたクリップを上部に取り付け、
上から弾丸を押し込んで挿入する必要がある拳銃
「C96クエレブレ」なんかも判る人には判るあれ。

その他、即死攻撃をしてくるウサギ「ヘルバニー」に
そいつの牙から作れる剣「ボーパルソード」等々…

…なんか妙に古いネタが多い気もしますが。
 

べるなに

ユーザー
現代パロディはアリアリだと思ってますね。
自分は今度のゲーム(予定)では吟遊詩人が語る形で「トカゲ・クエスト」とかそう言うのを出そうと思ったりもしてますし。
 
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