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考察「なぜ人を殺してはいけないか?」

開拓者2019-04-10に開始した「雑談」の中の討論

  1. 開拓者

    開拓者 ユーザー

    こんばんは、いつも長文で申し訳ないです。
    少し前に作家さんなどが集まる少年向け番組で「なぜ人を殺してはいけないのか?」という少年からの投稿があって
    誰も答える事ができなかったというエピソードがあり、とても印象に残っていました。

    個人的には「人それぞれの人生の課題を解決するチャンスを奪ってしまうから」だと思いました。
    たとえば極悪非道そうに見える人にも極悪非道になった理由や背景があって本人の資質よりも環境や不運に原因があって
    更正を願っている存在がどこかにいるのかもしれないんですよねー
    この問題って、問いかける少年が人を殺したいと思ってる訳じゃないんですよね。
    もっとシンプルな答えがあると思うので、ちょっと色々と意見を出し合ってみませんか?

    ① 悲しむ人がいるから → 悲しむ人がいなければ殺していいのか? 
    ② 法律に反するから → 法律に反しなければ殺していいのか?
    ③ 人道に反するから  → 人道に反しなければ殺していいのか?
    ④ 死にたくないから → 死にたいと思ってる人は殺していいのか?
    ⑤ 殺されるのは苦しいから → 苦しくない殺し方なら許されるのか?

    追記:なぜ殺してはいけないかを追及するとRPGって業が深いですよね。
       何かを殺さなきゃ進めないし、何かを殺さなきゃ終われない。
     
    最後に編集: 2019-04-10
    #1
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  2. アリヒコット

    アリヒコット ユーザー

    私的には、カントの「自分の行動が世界の格律となっても構わないように行動せよ」が一番しっくりきます。
    つまり、自分が他人を殺せば、世界に殺人があってよいと認めることになり、ひいては自分が殺されることになる。そんな事が認められますか? 多分、認める人はいないでしょう。
    拙作RPGに於いては、悪玉はそうして「世界に殺人があってよいと認める」行動をとっている者であり、故に彼を殺す事は彼の格律に沿う事なので主役は罪に問われない。しかしそうした格律を認めていない善男善女を殺してはならない―だから悪玉のした事は許されないし、主役は善男善女を殺さない。そういう筋立てになっています。
     
    #2
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  3. 開拓者

    開拓者 ユーザー

    なるほどー、その言葉は初めて見ましたがいい言葉ですね。
    世の中には「死ねないけど死にたいから人を殺して死刑になろう」と考える人がいるのですが
    その人の中では殺人はありなんでしょうね、殺されるまで殺すのかもしれない。

    悪玉を殺すのって正当防衛なのか侵略戦争なのか分からない時がありますね。
    システム的に殺せないのと、殺せるけれど殺さないのとでは自由意志とロボットくらいの差があって
    「殺人の自由は認めるけど自分からは殺さない人」の思想までも潰す事ってできるのでしょうか。
     
    最後に編集: 2019-04-10
    #3
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  4. Renfred Stauchenberg

    Renfred Stauchenberg ユーザー

    極限状況下における正当防衛による場合を除き、
    法によってそう定められているから、でしょうね。
    少なくとも人間の社会では、ですが。

    やれ人命が尊いだのなんだのは結局エゴだと思うのです。
    1人殺したんじゃただの殺人者でも
    戦場で敵を100人殺せば英雄とか言うような気もしますし。

    自作のゲームでだと「何故殺してはならないか」は
    考えるだけ物語の枷になるので「ゲームだから気にしない」事にしています。
    敵は殺人者、味方は聖人君子とかにする気もさらさら無かったり、
    「お前はアレだな、救うだけの価値がないな。グッバイ」だの
    「うるさい」「黙って」「さっさと」「死んでね」だので
    実に軽いノリで人を殺めるシーンもあったりするとか。
    ゲームの世界においては人命なんてウインドの魔導書(重さ1~2)より軽いんですよ。
     
    #4
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  5. 開拓者

    開拓者 ユーザー

    物を盗めば盗賊になり、国を盗めば諸侯になれる。
    こんな世界で仁義や礼儀をいくら語っても語るに落ちる話じゃないか。
    中国古典のどれかは忘れましたがそんな話がありましたね。

    神様がこの世界をゲームだと割り切っちゃうと神様から見た人間の命は芥子の種くらいになっちゃいますね。
    では「この世界は人間として成長するための勉強をするゲームだ」と考えるような
    スピリチュアルによくある考え方はどこまで許されるんでしょうね。
    どこが上かは分からないけど一番上がゲームだと思ったらその世界は凄い事になりますもんね。

    ある意味RPGの主人公って「絶対に正しい聖人君子」を作ろうとするよりも
    復讐に燃えてたり理想があって善になろうとしない人のほうが描きやすいのかもしれませんね。
    もしくは悲しみを背負ってる人か、一人のために全てを殺す覚悟を持った人か。

    PKありのネトゲは殺伐としていますがマナーが生まれます、でも息苦しいです。
    PKなしのネトゲは殺される恐怖が無いのでマナーの悪化がよく起きます、でも平和です。
    殺せないのと殺さないのと、どっちが有益なんでしょうねー。
     
    最後に編集: 2019-04-10
    #5
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  6. 開拓者

    開拓者 ユーザー

    つい最近調べた受け売りに過ぎないのですが
    トマス・ホッブズさんの「リヴァイアサン」という本にあるらしい
    こんな思考実験の話が印象に残りました。
    https://otakupapa.net/no-murder/

    人々が守るべき法律も従うべき国家も無い状態で
    原始時代のように好き勝手に生きる無法状態をイメージしたら
    その世界はどのような世界になるのか?

    なぜ、殺してはいけないのか、と考えるのではなく
    自由に殺せる世界とはどういう物かや
    何をやっても殺せない世界とはどういう物かをイメージする
    こういう論法もあるんだなーとものすごく勉強になりました。

    この話を考えると、人を殺してはいけないというルールこそが
    人を殺したい人や殺してはいけない事そのものを考える人を守っている最後の砦なんだなーと感じました。
    この世界ってちょっと変えても良さそうに見えて一個狂わせたら全てが崩れる危うさも持ってそうですね。
     
    最後に編集: 2019-04-10
    #6
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  7. べるなに

    べるなに ユーザー

    まぁ俺は
    「報復される可能性が0%ではないから」
    「殺しきれるとは限らないから」
    「自分も殺される可能性があるから」

    って理由ですかね………
    ルールにも人道にも関係なく、ただ自分の事を考えろやってことになりますかね。
     
    #7
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  8. シトラス

    シトラス ユーザー

    この話における補助線としては「ミュンヒハウゼンのトリレンマ」というものもあります。
    どういうことかというと、殺人に限らず物事の根拠を突き詰めていくと
    ・根拠の根拠の根拠の根拠の×∞になって、きりがなくなる
    ・どこかで最初の問いに戻ってしまう

    ・「命はかけがえのない、尊いものなのだ」など、価値観で問いを打ち切らざるを得ない
    となってしまう問題です。

    あと「先史・原史時代はそんなに無法・無秩序な状態だったのか」という研究を聞いたことがあります。
    つまり、人類にとって最大の敵は今も昔も地震や台風、火山などの自然災害です。
    そんな状況では、自分の利益だけを考えて隣の人間と殺しあうよりもみんなで手を取り合って
    共通の敵に対抗したほうが「得」だから、それを維持するために倫理や法が生まれるのではないかと思います。
    もっともその中でも、分裂を起こしてしまうのも人間なのでしょうけど。
     
    #8
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  9. こまどり乳酸菌

    こまどり乳酸菌 ユーザー

    人権の話を前提に考えた結果、私が出した結論は、
    「その人の自由・権利を一方的かつ永久に剥奪する行為だから」というものでした。

    死後の世界があるのかどうか、あったとしてどのようなものかはさておき、

    死んだ人は息を吸うことすら出来ませんし、他の生きている人に何か話すことも、意見を言うことも物理的に許されません。
    (霊媒師などを使えば可能なのかもしれませんが、話している相手が死者本人かと言うと証明出来ません)
    また、(少なくとも日本の)法律には死者の権利は定められません。所有物は親族に渡るか、国庫に納められるなどして「没収」されます。

    このように、死ぬということは法律的には「人間として認められなくなる」ことです。

    ここから、「殺す」という行為は、その対象の「人間である権利」を奪うことを意味します。

    逆に、犬や豚を殺しても殺人罪に問われないのは、彼らに「人間である権利」が無いからで、殺してもその人が「人間である権利」を奪うことではないからです。

    まとめると私は、殺人が罪に問われる本質が、
    「命を奪った」ことにではなく、
    「権利・自由を阻害した」ことにあると考えているのです。

    ホッブズはこの状態を「万人の万人に対する闘争」と呼んでいましたね。
     
    最後に編集: 2019-04-10
    #9
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  10. 開拓者

    開拓者 ユーザー

    ミュンヒハウゼンのトリレンマですか・・・・・・昔の人もすごいなぁ。

    日本の何時代だったかは忘れちゃいましたが
    農耕ではなく狩猟で暮らしていた時代には「武器」という概念がなく、みんなで協力して獲物を狩っていたようです。
    そこから農耕とかが盛んになると育ちやすい土地と育ちにくい土地に分かれてしまい
    川や水の奪い合いが起こってしまって人と人が争うための「武器」が生まれた、という話を聞いた事があります。

    あと命や生き方についてはアマゾンのインディオの教えもかなり深いなーと思いました。
    取り過ぎなければ保存する心配がない、今日必要な分だけ取ればいい、とかなんとか。

    確かに、俺の言う「人生の課題を解決するチャンスを奪う」ってのも言い換えれば「権利を奪う」ですもんね。
    自分がやらないのは自由なんだけど、なぜやってはいけないのかを子供に問われた時に
    子供に分かるような言い方で答えられるかどうかは別なんですよね、難しい。
    教える・諭すも一つの道だけど鏡になって相手に考えさせるのも一つの道なのかもしれませんね。
     
    最後に編集: 2019-04-10
    #10
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  11. ワタベ

    ワタベ ユーザー

    懐かしい。そんなことを考えた時期が自分にもありました。
    自分の結論としては、『人間は本能だけでなく理性でも生きているから』というものです。
    動物は同一種族でも殺し合うことは珍しくありません。
    理由は食料だったり雌の奪い合いだったり。
    自然の摂理と呼ばれるもので弱肉強食。ヒエラルキーが形成されています。

    しかし人間は過去の歴史から権利を学び、自然界の法則が必ずしも適用されない社会を構築しています。
    それによって法律というルールを作り、互いに害を為さないよう工夫して生きてきたと思っています。
    殺人以外でも、そういったルールを破るということは、その前提を自分以外の他者が破ることを容認するということです。
    誰かを殺してもいいなら、誰かに殺されても構わない。
    それでは困る。自分を、家族を、親を、子を、恋人を、友人を、愛しい人たちを守る手段として「人を殺してはいけない」というルールを作り出したのです。そして、それを破る者には裁きを与え罪を償う機会を与えるとする制度も、また作られたと理解しています。
    では、そういった守るべき人間がいなければ、自分の命を差し出して良いのなら人を殺して構わないのか?
    答えはノーです。
    人間という社会に生きる以上、こうしたルールは守らねばなりません。その前提で社会に帰属するからです。
    それを否定するのであれば、誰もいない、誰も来ない場所で一人で生きていきましょう。
    ただしヒトではなくケモノとして生きる道を選んだとしても、他者からは『人』として扱われるため、そのルールから逃れることはできません。

    作家という仕事を生業にされている方々が、その質問に対して自身の明確な答えを告げることが出来なかったのは少し悲しいですね。
    思春期なら誰もが抱く疑問ではないかと思いますが。
     
    #11
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  12. 開拓者

    開拓者 ユーザー

    小学校のころに死について考えた後、中学~高校はそこまで深く考えてなかったという
    思春期のほうがバカだった人間もここにいるのです……_| ̄|○
    みんなと深い話をすると自分の薄っぺらさがよく分かりました。

    確かに、自分1人で生きていると自負する人も他の人が作った物を使って他の人が作った物を食べてますもんね。
    人間という社会の中で生きているから、ってのもアリだと思います。
    作家さんが子供の問いに答えられなかったのは自分の答えの浅さ・危うさに気づいたからかもしれません。

    殺す事と殺さない事、裁きと償いと言う点では、宗教ってどういう位置づけなんでしょうね。
    人と人の間の裁きを止めながら、罰のために殺す事すら止められるか、かなり無謀な試みだったんでしょうね。
     
    #12
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  13. 猫二郎

    猫二郎 ユーザー

    まず、人が殺してはいけないという討論があった番組は10年以上前に放送されていたNHK教育番組「しゃべり場」であった議論で、確かに番組内では結論出せないのは事実。なんか、新聞やニュースで取り上げられていたらしい・・・。

    法律はそう規定されているだけで、体制が変われば法自体変わる。
    旧時代において、人殺しなんて日常茶飯事。ただ、人殺し自体がダメになったのは道徳社会体制になってから、法律で禁じています。しかし、海外ではゾーン・オブ・デスという物騒なエリアが存在します。
    ゾーン・オブ・デスにはなるべく近寄らない方が懸命・・・。
     
    最後に編集: 2019-04-10
    #13
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  14. ぶー太

    ぶー太 ユーザー

    ここの雑談って本当にいろいろな話題があるんですね。

    ルールがあっても破ることはできてしまうんですよね。罰則や報復はあるかもしれないけど。
    じゃあなんで普通は殺さないのかというといろいろあるけど
    結局「したくないから」となっちゃう気が。

    「人権を守るため」とか「人間である以上ルールは守れ」というのは
    人権を守らない人やルールを破っていいと思う人からすると無意味で
    考えても堂々巡りになっちゃいますね。

    言葉を一つも知らない人に国語辞典を読んであげても全部の言葉を知らなきゃなにも説明しようがないのと同じ?
     
    #14
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  15. エルトン

    エルトン ユーザー

    あ、これは質問からして間違っているパターンですね。
    別に殺人はしてはいけないわけではないです、
    ただ「現代日本においては、”原則的には”殺人はしてはいけない」というだけです。
    よくある、「自分の標準が社会的な標準だと思い込むケース」ですね。※1

    じゃあなんで原則的に殺してはいけないかというと、
    今の日本の社会では、そのほうが社会的な利益が大きいからです。
    なんで殺人を原則禁止したほうがいいかは、
    殺人が全面的に許された時の社会的な損失を考えてみればすぐわかるかと。

    当然ですが、時代や社会によっては今の日本より
    殺人に関する規制が緩いケースも存在します。
    その状況や社会、時勢によって殺人による社会的利益が、
    殺人による社会的損失を上回る、
    あるいは罰するほどの損失でもないとされれば、殺人は許されるでしょう。

    法で禁止されてるから、というのもよくある間違いですね。
    (そもそも問題からして間違っているのですが)
    法で禁止されていなかった社会であっても、
    場合によっては許されなかったケースというのも存在しています。
    あまりにも多く殺しすぎたとか。

    そもそも順序が逆転してます。
    「法で禁止されている」から「(原則的に)殺人はいけない」ではないのです。
    「(原則的に)殺人はいけない」から「法で禁止されている」のです。


    もちろん、未来においても殺人についての規制が緩和されるケースもあるでしょう。
    例えばSFとかでよくあるクローン技術や培養技術で、
    優秀な成人人間を1万円、1時間のコストで生産できるようになるとしましょう。
    この時、人間の価格は現代に比べて著しくさがります。
    そこにクローン差別やら国際情勢の緊張やらがあわされば、
    現在に比べて殺人による社会的な損失が低下し、殺人が一般的になる可能性もあると思います。


    ※1
    パソコンの普及率はどのぐらいか?
    という質問について、情報工学科の学生に聞いた所8~9割という回答が多く、
    田舎のご高齢者に聞いた所4~5割という回答が多かったという話があります。
    自分も一時期は9割ぐらいはあるんじゃね?と思ってました。
    自分と、その周囲がそうだと、つい他の所でもそうだろうと思ってしまう典型例です。
    ちなみに実際には7割だそうです。
     
    #15
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  16. こまどり乳酸菌

    こまどり乳酸菌 ユーザー

    スレッド一同揃って考え誤ったものを正してくださりどうもありがとうございました。
    エルトンさんがいらっしゃらなければ誤った前提の元で議論が続いていたことでしょう。

    それにも気付かずに厚顔無恥に持論を語っていた自分が恥ずかしい限りです。猛省致します。

    我々が人を殺さないのはただ社会的な倫理観や公益が許さないからに過ぎない、とエルトンさんはお考えなのですね。
     
    最後に編集: 2019-04-10
    #16
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  17. 開拓者

    開拓者 ユーザー

    最初に間違えるのが成功への近道で、最初に成功するのが間違いの元だから
    失敗したからこそ得られる物ってあると思うんですよね。
    だから、今考えてる事をぶつけて色々な考え方を知るのって大事なのかも。
    もっと深い人、もっと広い人が世の中にはいっぱいいるんだろうな。

    確かに、生まれた時から殺したほうがいいと教えられ(倫理観)
    戦争なんかで殺したほうが利益になる社会情勢があったら(社会的・公益)
    自分も逆の議論を追求していたのかもなぁ、どう殺すのかとか、なぜ生かさなければいけないのかとか。

    みなさんありがとうございました、全部吸収できた訳じゃないけど勉強になりました!
     
    #17
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  18. ふうきゅう

    ふうきゅう ユーザー

    久しぶりに耳にするテーマのスレッドが立ってるな-、と思っていたら多くの方が半日じゅうに真摯に回答なさっている様子に敬意を抱きました。:kaoluv:
    この手合いのネタは敵役・対立役のキャラ作りに便利なので日頃から[考察⇔キャラクターに落とし込んでみる]サイクルをそれとなく続けているとたまに面白いものが降ってくることがあります。
    知人の神無月サスケ氏、ブラックウルフ氏が、こういった重めのネタを作中に練り込んで表現していたことも思い出しますね。

    さて、「なぜ、人を殺してはいけないか?」
    もうすでに多くがここで先に語られているので私からはできるだけシンプルな見解に:kaoswt2:
    エルトンさんの意見に近いところもあり、酒場のオヤジ風にざっくばらんなセリフで言うとこんな感じ↓

    :stache:「人殺しが自由になると誰もがお互いに怖えと思うから、
    “(おいそれと)人を殺してはいけない、ということにしておこうな”と、誰からともなくと暗黙の了解をお互いに、いつの頃からか決めるようになっただけさ。つまり、もともとは“絶対ルール”じゃない。
    いろんな学者が小難しく考えてるのは殺人禁止を“絶対ルール”として確立したいんじゃねえのかな? それができりゃ大きな声で『人殺し、ダメ、絶対!!』って、どこででも訴えることができるからな。絶対ルールを以て人殺しを防ごうという考え方だ。
    だがよ兄ちゃん、人殺しを防ぐのが目的ならもっとマシだと思う考え方がある。それは……

    “人を殺したいと思ったときに、自分も納得する、殺す以外の最も穏便な思い知らせ方、懲らしめ方を考える”ことだ。
    仕返しの手段をできるだけ穏便にするのは、他人様に仕返しがバレたときに咎められにくいようにするためだ。
    ん、『歯には歯の方がいい』? ああ、気持ちは分かるな。それが一番分かりやすいしな。だがどっこい、手段を穏便にしても相手をこりごりな思いにさせたり、悔しがらせたりする方法は思ったよりも世の中に存在するもんだ。ただ、1人で悩んでるとそれが分からないことが多いのは確かでもある。
    幸い俺は仕事柄、色んな知り合いがいる。おかげさまで殺す以外の仕返しを考える環境には恵まれているな。
    ……兄ちゃん、悩みがあるなら余裕がまだ残っているうちに誰かの力を借りな。
    気が向いたら俺でもかまわん。お前の悩みに応えてくれそうな知り合いを紹介していっしょに考えるぐらいはできるかもしれん。
    一杯おごるぜ。よかったら、今日は店じまいして俺が帰るまでゆっくりしてきな」



    以上です。もしかしたら、自分の作品のどこかでまんまの形で載せるかもしれません。:kaoswt:
    参考になるようでしたら幸いです。
     
    #18
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  19. 開拓者

    開拓者 ユーザー

    素晴らしいおっさんの台詞ありがとうございます!

    ふと思ったのですが、仮想世界において悪魔に我慢できなくなった天使が
    仮想を仮想と割り切れずに怒りと正義感で悪魔を懲らしめている内に
    現実世界において悪魔をも超える大悪魔になっていたというケースがあるのですが
    怒りと正義の鉄槌と報復の連鎖ってどこまで認めていいんでしょうね。
    ぜーんぶ認めたら世界が吹っ飛んじゃうから難しい所なんですが……

    多分これも「世界を壊さないように懲らしめる方法を考える」が正解かもしれないけど。
    痛みを感じない人に最小限の工夫で痛みを理解させるには、に通じる所があります。
    そもそも懲らしめようとする気持ちを解いて「勉強になった、ありがたい」と思えるようにする
    ってアプローチ方法もあるんですよね、一触即発のこの世界、懲らしめていいのでしょうか。
     
    最後に編集: 2019-04-19
    #19
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  20. エルトン

    エルトン ユーザー

    何を言っているのかだいぶわからないけど、
    それたんに怒りと正義感(自称)でただ危害を加えたいから加えたみたいなノリなのでは
     
    #20

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