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自由きままに雑談

kuro2017-04-27に開始した「雑談」の中の討論

  1. ぶー太

    ぶー太 ユーザー

    「成長するきっかけになる」、「ゲームが人格を磨く」
    という意見はすごくいいですね。
    自分はその過程にある衝突や失敗ばかり怖がってしまう臆病者です。
     
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  2. とんび@鳶嶋工房

    とんび@鳶嶋工房 ユーザー

    eスポーツ(eのつかないスポーツもそうですが)は、解説がきちんとしてないと本当につまんなくなっちゃうので、解説はしっかりした人が担当して欲しいですね。
    一般化しそうな時に、何も知らない人を人気だけで呼んでスカスカなことしゃべったりして欲しくない。
    囲碁将棋のように「わかってない人呼んでもしょうがない」というジャンルになって欲しいです。

    逆に、プレイヤーとして何もわかってない人がプレイするのは楽しそうでいいと思う。
    以前、松本人志がぷよぷよ最強は俺だ! みたいなこと言って、宇多田ヒカルにコテンパンにされてた(記憶曖昧で別のゲームや芸能人だったかも)のは面白かった。

    鈴木史郎さんのプレイするバイオハザードは、プレイヤーとしても話し手としても一流で、ものすごく面白かった。
     
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  3. 夢幻台

    夢幻台 ユーザー

    >温州みかんさん
    >制作者から見た「eスポーツ」は絶対にミスやバグを出してはいけない、というとても敷居が高い開発環境を要求されそう
     スポーツで言う所の「誤審」に当たると思います。「人間が審判するんだから誤審の可能性まで含めて勝負の本質」という
     見方があるように「人間が創ったものなんだからバグの可能性まで含めて勝負の本質」という見方が出てくれればまた違った
     話になるとは思うのですが(もちろんバグの内容にもよります)。

    >ぶー太さん、開拓者さん
    >「エンジョイ勢は邪魔だ!オフラインや家でやれ!」
     やはりエンジョイ勢とガチ勢の住み分けの重要性は高いと思います。これは実はガチ勢にも言い分はあって、例えばですが
     甲子園を目指すレベルのチームに、体を鍛えたいから高校から始めるという経験ゼロの人が入ってきたら困っちゃいますよね。
     ただ一緒に練習に参加するだけならまだいい。そこに「練習キツ過ぎ」とか「試合出してもらえないからつまらない」などと
     言いだした日にはガチ勢も困ります(意外とこういう『愚痴』や、足手まといの存在は、ガチ勢からすれば堪えます)。
     ましてオンラインでのオートマッチングでのチーム戦では1人が足を引っ張ったおかげでチームが負けたということも
     往々にしてあります。Twitterでその手の愚痴が流れてくることが多々ありますが、チームプレイというのは元々長く関係を
     築いてきてやっと出来るようになるもの。それをオートマッチングに期待すること自体がそもそも難しいのですが…。

    >いくら強くても「お前とやるくらいなら辞める」と思われたら対戦できないように
    >対戦相手とチームメイトに感謝する気持ちを教育するのも大切です。
    >顔と顔を向き合わせないオンラインだからこそ、おろそかにされてる事だと思いますが…。
     スポーツは本来「相手を尊重しないと成り立たない」もので、それはeスポーツでも当てはまると思います。
     過激な言い方をすれば「それが出来ない(しなくてもいい)からオンラインへ逃げた」方も少なからずいると思っています。

     持論ですが、オンライン化が整備されていなかった頃は対戦ゲームも実際に相手を尊重するという側面がありました。
     格闘ゲームには「ハメ技」という裏技があり、それは1度決めたら勝負が決まるというものでした。だからといってそればかり
     狙っていては相手も嫌がりますし、それを見ている周りの友だちも面白くないです。いわゆる「興ざめ」。楽しくやっている
     はずのゲームで険悪になったらたまりません。そこで内々でハメ技禁止、というローカルルールを決めたものです。ハメ技が
     出来るゲームはダメ、と言うのではなく、ハメ技があるゲームでもいかに楽しめるか、仲間内で「考える」機会がありました。
     それが出来なければ勝ち負けどころか、相手をしてくれる友だちを無くしてしまう事になりそれは嫌だということになります。
     自分自身が「ゲーム『で』友だちと遊ぶ」であり、友だちが主でゲームが従だったこともあるかもしれませんが。

     でも「考える」という行為は存外神経を使います。その過程ではケンカもするでしょうし友だちである以上仲直りも必須。
     ケンカ&仲直りもこれまた随分と神経を使います。ところがオンライン上ではこの必須であるはずの「考える」「神経を使う」が
     必須ではないというのも大きなポイントだと思っています。「お前とやるくらいなら辞める」に対しても「いいよ、別の相手を
     探すから」で解決できてしまいます。「友だちを無くす」という一大事のはずの事が随分と軽くなってしまった印象です。
     
     ただ前述のゲームセンターの例に重ねるなら、オンラインゲームは「そういうある意味煩わしい、人間関係がどうしても苦手な
     人の居場所」でもあると思っています。そこから生まれる人間関係もあるでしょうし、そういった人同士だと案外話が合う…、
     なんてこともあるかもしれませんし、そこから生まれる絆、さらにはそのゲームを極めてやろうという「ガチ勢」が生まれる
     可能性もあります。そうして生まれたガチ勢の輪の中に、土足で入ってくるエンジョイ勢の方がある意味「侵入者」なのかも
     しれない…という側面もあると思うのです。

     またしてもまとまらない長文で失礼しましたが、長年ゲームをやって来て
     「ゲーム『で』友だちと遊ぶ」が
     「友だち『で』ゲームを遊ぶ」になりつつある、友だちとゲームの主従関係が逆転しつつある時代を憂いた
     年寄りの発言として聞き流していただければと思います。
     
    最後に編集: 2019-08-13
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  4. ぶー太

    ぶー太 ユーザー

    多分ガチ勢とエンジョイ勢は場所が同じだから
    ケンカになるんでしょうね。でもエンジョイ勢からガチになる人がいるから難しい。
    どちらとも追い出されるのは嫌でしょうし。


    話がかなり変わるんですが
    アンパンマンのアンパンチは暴力的か?みたいな記事をニュースサイトで見てて
    その話題については「フィクションだし親が教えればいいだけじゃん」と思うのですが

    RPGやってて、「こいつきれいごと言う割には結局、力で解決すんのかよ」
    という矛盾を感じることがたまにあるんです。結局は善悪じゃなくて強弱だなあというか。
    主人公がわりときれいごとを言う作品を作る方はそこのところ
    うまくやってるのかなあ?それとも疑問にも思わないのかな?と疑問に思ってます。

    自分はあまりダークヒーロー的なのはやらないのできれいごと言う主人公が多いですが
    システムとしては倒すが、ストーリー的には生きててとどめを刺さず説教して和解とかが多いです。
     
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  5. ハッサクリーフ

    ハッサクリーフ ユーザー

    アンパンマンのアンパンチはバイキンマンから直接的な危害を加えられたためのやられたらやりかえすみたいな感じはしますね。
    普通だったら法律で罰を受けることになりますが、アンパンマンの世界には警察や弁護士がいませんので暴力は暴力で解決なのかも
     
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  6. ガルゴロン

    ガルゴロン ユーザー

    パソコンのモーター音が五月蝿かったからガワだけ外してホコリ取りをして少しマシになったが、
    本格的にやろうとおもったら業者に頼むべきだな。(お盆だから業者休みだし)
    みんなはパソコンのホコリをどうしている?
     
  7. 沫那環

    沫那環 ユーザー

    ケースの排気口や、吸気口のフィルターについたホコリを掃除機で吸い取る

    ケースのふたを開け、冷却ファンやマザーボードについたホコリを、エアダスターで吹き飛ばす
    または掃除機で吸い取る(※ほどほどにね)

    ファンに残りがちな、取り切れなかった細かいチリ状のホコリをウエットティッシュでふき取る
    乾燥させたらケースを閉める

    とやります。自作で組んだものなので、割と簡単な方だと思います。
    でも、頻度はめちゃくちゃ低いです……。
     
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  8. ヨルシ

    ヨルシ ユーザー

    ゲームが時間の無駄になると思ってゲーム作りを一時期考えました。ボーっとしている時間が多くて逆に時間の無駄になりました。時間の無駄になるくらいならゲームで遊び尽くして楽しみたいです。eスポーツみたいな深い意味はありませんが楽しいです。
     
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  9. 夢幻台

    夢幻台 ユーザー

    >ぶー太さん
    >アンパンマンのアンパンチは暴力的か?みたいな記事をニュースサイトで見てて
    >その話題については「フィクションだし親が教えればいいだけじゃん」と思うのですが
     まさしくその通りに思います。実写で殴り合うなら生々しさがあるのでいざ知らず、アニメ(リアルすぎなければゲーム含めて)
     に関しては「子どもが真似したらどうするの!?」という問いには「そうならないようにするのが大人の務め」と考えます。
     この手の話題を聞くたび、だんだんとテレビ・ゲームと、現実の垣根が曖昧になってきているように感じてある意味怖いです。

    >RPGやってて、「こいつきれいごと言う割には結局、力で解決すんのかよ」
    >という矛盾を感じることがたまにあるんです。結局は善悪じゃなくて強弱だなあというか。
     元々「強弱」と「善悪」は切っても切り離せないものと考えています。水戸黄門でも最後は「懲らしめてやりなさい」とともに
     肉弾戦が始まるので…。出展元の記憶が曖昧なので元ネタの出展は伏せますが、古今東西アニメ・ゲーム等での名セリフを…。
    『戦争に勝者も敗者もない。皆が加害者とも言えるし、犠牲者とも言える。
     ある意味では勝者が正義、敗者が悪とも言えるだろう。それが世の中ってもんだ』
    『お前達は敗北者故に悪にされてしまった。そう、歴史とは勝者の歴史なのだ!敗者には明日すらも無い!』
    『力無き正義は無力である。正義無き力は暴力である』
    『正義は勝つって?そりゃそうだろ、勝者こそが正義だから!』
     
     ちなみに自作品では対決後に和解するケース、相手が化物で和解の余地が無い(退治というイメージが強い)ケースが多く、
     「綺麗事を言っても最後は力でねじ伏せる」展開は意外と少なかった気がします。

    >ガルゴロンさん
     うちのPCはたまにエアダスターをかけるくらいで、あとはノータッチだったりします。良くもってくれていると思います。
     
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  10. ぶー太

    ぶー太 ユーザー

    アンパンマンの話題についてですが、

    必殺技を人に向かってやったり危険なところでやってほしくはないですけど、
    もし自分が子供向け作品の必殺技を作るとしたら
    子供がまねしたくなるようなものを作りたいかもしれません。

    セクシーな作品を作るときも、「現実と架空の区別は付けてね」とは思うんですが、
    逆にその人の欲望をちょっとも刺激しないんじゃ作った意味がない気もします。

    その辺をうまく教えるのが面倒と感じる保護者さんもいるんだろうなとは思います。
    というか直接はっきりそういうことを親に教わった覚えは自分はあまりないです
     
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  11. シトラス

    シトラス ユーザー

    仮面ライダーの場合は、作中の登場人物が注意したり
    とても真似できないようなド派手な演出をしたりして
    「子供が真似をする」のを防いでいるところがあります。

    例えば、仮面ライダーウィザードではコレクションアイテムが指輪なのですが
    そのおもちゃを使ってメリケンサックのように殴るというのを防ぐために
    魔法で腕を巨大化させてビンタするという演出が使われています。

    それを考えると「子供がマネをする」のボーダーラインとしてカードゲームの
    攻撃宣言は、なかなか悪くないのではないかと思えます。
    作中キャラのなりきりが楽しめて、暴力的ではないからです。
    実際遊戯王は、そういう要素があったので売れた側面があるらしいです。
     
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  12. ぶー太

    ぶー太 ユーザー

    シトラス様
    ヒーロー作るのも大変な時代なんだなあ・・。
    カードゲームのすごいところは
    実際にできて危険じゃないのにかっこいいと思わせれるところですね。
    まあ自分は遊戯王やったことなくてポケモンカードやってたからあまり真似はやらなかったんですが・・。

    タイムラインのところにも書いたけど
    僕は「アニメを見ると犯罪者になるから規制すべき!」
    みたいな意見には反対なんですが、

    「全く影響ない」とは言い切れないと思っていて、
    ショックを受けたり不安定になったりはすることは大人でもあると思ってます。

    もし幼稚園児とかが「おじちゃんこの本見せて」と言ってきても
    ヤンデレが人の人体切断する話とか妹や姉と性的にやっちゃう話とかは
    18禁じゃなくても見せる勇気がないです。
     
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  13. 神無月サスケ

    神無月サスケ ユーザー

    シトラスさん:
    >みなさまは、eスポーツについてどう思いますか?
    僕は、eスポーツの登場は、まさにゲームと言うものが「一つの文化」として
    捉えられるようになってきた、ひとつのエポックだと考えています。

    思えば、スポーツ大会でチェスが加えられたことが、話題になったことがありますが、
    このようなことが認められたのは、スポーツの定義を「肉体の一部を使って行う競技」としており、
    「脳も肉体の一部だから、脳を使うチェスはOK」という理屈から認められたんですね。
    これを否定すると、F1などのモータースポーツや、射撃なども、スポーツとして
    認められないことになりますし。

    その理屈で行けば、eスポーツも立派なスポーツの一つですが、
    これまでそれがなかったのは、ずばり、「テレビゲームの歴史が浅い」ことに
    他ならないと思うんですね。何世紀も続いたチェスと異なり、
    最初のゲームpongがわずか50年前、ファミコンの登場が30年前、
    eスポーツに選ばれるようなゲームはわずか20年前のことなんですね。
    だから、これまで前述の通り、ゲームが「文化」として根付いていなかったのが理由だと思います。

    この動きはどんどん加速していくでしょう。

    しかし一方で、学校の部活動で「eスポーツ部」を作ることに否定的な意見が多いと聞いています。
    これは僕も無理からぬことだと思っています。
    なぜなら、人間は脳だけじゃなく肉体を持っており、その肉体で感じる感覚を養えるのは
    子どもの頃~20歳くらいまでだと思うからです。
    このあたり、養老孟司が「肉体で感じる感覚」の重要性を説いているのと共通します。

    ぶー太さん:
    >アンパンマンのアンパンチは暴力的か?みたいな記事をニュースサイトで見てて
    >その話題については「フィクションだし親が教えればいいだけじゃん」と思うのですが

    アンパンマンは誕生してから40年もたつのに、なぜ今頃になってこのような話題が出るのか、
    そこをおかしいと思う人も結構いると思いますが、このあたり、上記の「ゲームが、
    ひいてはeスポーツが文化として認識された」という話題と共通のものを感じ取っています。

    それにアンパンマンだけ否定しても、アンパンチをするような子は、
    別のコンテンツから暴力的表現を見て、やってしまいますよ。
    むしろ、アンパンマンが好きな幼児の時期に、暴力を否定する教育、しつけを行うのが
    成長してから暴力性に目覚めるより、ずっと生産的だと思うのですが。

    今になってアンパンチが問題視されるようになったのは、
    昔に比べて、今は、肉体感覚よりも、脳を使うことが増えてきたことに他ならないと思います。
    まさに前述の養老孟司が「肉体で感じる感覚」を重視していることとリンクします。

    とにかく今は、子供が外で遊ぶことについてやかましい。
    僕の父の世代、昭和の経済成長のころは、公園はもちろん、駐車場でも路上でも遊んでいたけれど、
    今は子供がうるさいとかで、なかなか外で遊ぶことが許されません。
    息苦しい世の中になったもんだとつくづく思います。

    そして、外で遊ぶことが減り、肉体感覚が減ったことにより、
    「喧嘩」が減り「いじめ」が増えたことも、一因だと思っています。
    喧嘩をしなくなると、必然的に暴力を受けることの苦痛を分からないまま、
    相手に暴力を加えてしまう。節度がなくなってしまうんですね。

    いじめが増えてきた80年代ごろはまだ、いじめる側も、喧嘩で暴力の苦痛を知っていたから、
    いきすぎたいじめは控えられることが多かったけれど、
    今のいじめって、ニュースで報道を見ていると、与える暴力の性質が変わってきているのを感じます。

    これが社会構造の変化のゆがみだと思っています。
    昭和時代は、子供の叫び声を騒音と思う人なんて考えられなかったし、
    それは、大人が自分の子供時代に騒いでいて、子供は叫ぶもの、という意識が定着していました。
    それが現在では「近くの保育園の子供の声がうるさい」なんて訴訟が起きるような、
    僕としては信じられない世の中になっています。

    これの解決策として、面白いと思った例が、
    確かナニコレ珍百景だったと思いますが、レスリングを導入した幼稚園の話を思い出します。
    絶対に勝ちたい、ってことで奮闘する園児たちですが、
    レスリングをやって以来、いじめがなくなったそうです。
    まさに、欠如していた肉体感覚を、子供時代から掴むことに成功した例と言えましょう。

    やはり今は少子化の時代、子供にとっては不遇な時代と言わざるを得ません。
    子どもの肉体的感覚の成長に、社会的な認知が変わっていってほしいと願わずにはいられません。
    そうすれば、アンパンチが暴力的、なんて野暮な意見は出なくなるでしょう。
     
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  14. ぶー太

    ぶー太 ユーザー

    僕も子供が騒いでても許せる世の中になってほしいです。

    ただ少し考えたのは、どういう事をストレスと感じるか自体は人それぞれなので
    たとえ多数派から見たら被害妄想に見える感覚でも
    子供の声でストレスを感じてしまうこと自体はしょうがない気もします。

    だからといって子供が声を出すのを禁止しろという気はありません。
    子供が元気に遊べなかったら将来社会は滅んでしまうので。

    ただ何となく、「子供の声がストレスに感じて困ってるけどそれを言うと世間から悪者扱いされるよ」
    という人も少しつらいだろうなあと考えてしまいます。
     
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  15. 開拓者

    開拓者 ユーザー

    子供の声がストレスになるほど追い詰められている原因を何とかしないと
    あらゆる物がストレスになり雑音になるんじゃないかなと思いました。
    一部の人間は無駄と無用をそぎ落としてるけど
    無駄と無用を大事にしないと予想外のところに歪みが出るんですよね。

    ちょっと脱線しますが50vs50の対戦ゲームで
    「しょせんは味方ガチャだから」って言葉を聴いた事があり
    オンラインマッチングのチームワークって何だろうって思いました。
     
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  16. シトラス

    シトラス ユーザー

    いい親の元に生まれられるかを「出生ガチャ」と表記されるように
    「ガチャ化する社会」という本を誰かが書くんじゃないかと思っています。

    50VS50ともなると、全員が連携を取っているわけではありませんから
    仕方のないところもありますし、そんなにチームワークを重視したいのであれば
    「バースト」とも言われる身内マッチングができる仲間を探して来いと
    言われるだけのような気がします。

    >>神無月サスケさんへ
    今では、ダンスの授業でよさこいソーランを躍らせて
    不良性を発散させるということが行われているらしいです。

    格闘技の授業も、暴力性を合法な手段で
    発散させる場としてあり得るのではないでしょうか。
     
    最後に編集: 2019-08-18
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  17. ぶー太

    ぶー太 ユーザー

    >格闘技
    それはまた、「暴力的」とか「ケガをした」とか言う人が出そう。
    まあケガの場合はシャレんなんない重いケガとかもあるし
    教師も管理しないといけないから
    一概には無視できませんが。

    僕が中学のころ女子は騎馬戦がありませんでした。
    それはケガうんぬんというより
    「センパイのハチマキとったでしょう!」とか校舎裏に呼び出したり
    ひっかいたりひっぱり合いになったり
    後々まで恨んだりとドロドロネチネチになるかららしいです。
    あと相手に遠慮してしまうからとてもじゃないけどやりたくないという子も。

    これも教育すればいいと言えるかもしれないけど
    人間を相手にするから限界もあるかもと思ったり。

    でも逆にどっかで大人になって初めて騎馬戦をやる機会があったら
    教育を受けてないからめちゃくちゃになるのかも、
    とも思う反面、大人になるころにはいろいろ学んでるかも、とも思ったり。
     
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  18. 夢幻台

    夢幻台 ユーザー

     皆様の書き込みを読ませていただくと、今の社会問題の1つが浮き彫りになってきているように感じます。

    >サスケさん
    >今になってアンパンチが問題視されるようになったのは、
    >昔に比べて、今は、肉体感覚よりも、脳を使うことが増えてきたことに他ならない
     まさしくその通りに思います。「感覚統合」という人間の成長に最も必要な要素であり、それを外遊びで培って来ました。
     「ゲームが悪」なのではなく「ゲームのやり過ぎによって外遊びをしなくなったことが悪」と考えます。

    >開拓者さん
    >子供の声がストレスになるほど追い詰められている原因を何とかしないと
    >あらゆる物がストレスになり雑音になるんじゃないか
     残念ながら「既にそういう世の中になっている。そうなってから随分と経つ」と思っています。ある程度その時代に晒され、
     どうしようもなくなったストレスが今まさに破裂している…そんな時代に感じます。煽り運転なんかまさにその表れかと。

     そのあたり紐解いていくと、一番の原因と責任は自分(今年で41歳になります)の世代、つまりゲームが社会現象となった
     ファミコンの誕生とともに成長した世代にあるかなと考えます。
     ファミコンの誕生によって外遊びの機会は激減しました。当時の親世代は「ゲームばっかりやっているとロクな人間にならない」
     と注意しましたが思いのほか聞き入れられなかった(ついでに言うと自分も含め自分と同世代は本当に話聞かない人多いです)。
     そして必要な「感覚統合」をしないまま大人になり、社会の中心に入る事、今度は子どもの外遊びの場を奪う事になった。
     子どもの頃の外遊びの経験が希少なのだから、外遊びの重要性・必然性・楽しさについて知らないのも当然です。そうした環境で
     育てられればその子どもも感覚統合が出来ず、歪んだ人間になってしまう…まさに負の連鎖です。そして大人になっても、
     外遊び、感覚統合でこそ培われるストレス耐性が身についていないからストレスの管理がいい加減になる。それは受ける方も、
     与える方も。熟年の引きこもりとして取り上げられるのが多い世代でもあり、パワハラ上司として訴えられるのも多いです。
     極めつけは、そういういろいろ問題を抱えた人でも楽しめる場としてオンラインゲームやTwitterが用意される。これらの
    (そういった人たちにとっての)利点は「都合が悪くなったらすぐ逃げていい」ところ。対戦中の回線切断や、都合が悪くなれば
     アカウントを消して逃亡。そして新アカウントでまさに「人生リセット」して仕切り直し…。仲直りや良好な人間関係の
     構築とは無縁の、まさにガチャの世界です。
     「良好な人間関係が作れるようトレーニングする」より「良好な人間関係が作れなくても大丈夫な居場所を作る」があまりにも
     優先されたが故の結果なのかもしれません。生き場を失った人に居場所を作るのは良い事ですが、ちょっと行き過ぎかな…とも。

     でもこうやって議論が出来るところは、まだ捨てたものじゃないかなという一面もあると思うのです。

    >シトラスさん、ぶー太さん
    >格闘技の授業も、暴力性を合法な手段で
    >発散させる場としてあり得るのではないでしょうか。
     アリと考えます。…というか特に男子は、取っ組み合いのケンカというのはかなりの人が経験があると思います。
     決して暴力を容認するわけではありませんがあくまで「取っ組み合い」で、パンチやキックはあまりなく、それこそ
     レスリングや相撲のようにもみあっている感じでした。先生や大人も「やめなさい」というよりは「いい加減にしなさい」と
     いう感じで「これ以上やったらケガになるぞ」というところで止めに入る、そういった見極めが出来ていたのかもしれません。
     中学校の表現運動では「リズミックカンフー」というものをやりました。型に合わせてカンフー技を出すものですが、
     人に対して絶対やるな、という前提で教えてもらい、ただ技を出すだけでもストレス発散になったのを覚えています。

     これも某音楽ゲームの歌詞の受け売りですが、自分も含め多くの方がこれくらいの余裕を持って生きられれば…。
    『好きを貶して自画自賛ですか?子ども笑うな来た道だ』
     
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  19. ぶー太

    ぶー太 ユーザー

    ストレス耐性が無いってのはホントに耳が痛いです。
    自分はついストレス耐性がない人の気持ちも考えてあげたいな、と思っちゃうのですが
    それをしてもらった人が余計ストレスに弱くなっちゃうのかもしれません。

    自分は正直SNSやオンライン要素のあるゲームですら
    人と付き合うのが怖いようなレベルです。
    むしろリアルの付き合いの方が怖くないです。
     
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  20. 神無月サスケ

    神無月サスケ ユーザー

    雑談スレのはずが、何だか社会問題をまじめに扱う方向にシフトしてきて
    たまにはこういう展開も歓迎ですね。

    >ストレスが溜まりやすい社会
    理由はいくつも考えられるんですが、ひとつは、ご近所との繋がりが疎遠になったこと、
    というのはありだと思います。ムラ社会ってのも窮屈だけれど、
    都市化して近隣住民のことを何も知らない社会に移行している。
    こうなると、困ったことがあったときとか、寂しいときに気楽に話せる人がいませんよね。
    そこを補うのがオンラインなんでしょうけれど、やはりオンラインで相談できないようなことも、
    目の前にいる人になら話せますよね。
    都市化で他人の干渉が少なくなったのは気楽な側面もあるけれど、
    「困った時、相談できる相手がいない」っていうマイナスの側面もあって、
    これがストレスの要因になっているはずです。

    もうひとつ思いつくのが、ずばり「テクノストレス」です。
    普段パソコンやスマホを普通に扱っているけれど、あれって目が疲れますよね。
    肩が凝りますよね。もう皆慣れているので、気づかないだけかもしれないけれど、
    こういう無自覚な身体感覚が、何かが起きた時に感じるストレスに与える影響は
    大きいと思っています。

    正直、都市化もIT化も、世の中を便利にして、様々な恩恵を与えてきたけれど、
    負の側面ってなかなか見過ごされやすいもので、
    前者については、最近増えている孤独死や育児放棄と言う形で表面化してきて
    ようやく語られるようになったし、後者については、子供の視力低下の顕著化などで
    語られるくらいのレベルにとどまっています。

    やはり、今はストレスが溜まりやすい社会だってことを認識して、
    ストレス発散の方法を見つけ出すのが自衛策としていいんでしょうね。

    >格闘技の授業
    確か最近剣道や柔道なんかの武道がカリキュラムに取り入れられたニュースを見ます。
    そういえば僕の高校でも剣道あったなあ、って思い出します。
    格闘技のいいところは、ずばり「ルールがある」ってことなんですよね。
    ここがただの喧嘩と異なるところです。

    ルールのもとに身体を使う、これについては僕は肯定的な見方をしています。
    ただ、現状では、教える側の負担が大きいのが問題になっていますが、
    このあたりが解決すればいいな、とは思っています。
     
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