自由きままに雑談

>「チー牛的な人に頭に来てた」というのはまた違うというか。
 どのあたりが違うのか詳しく教えて頂けると参考になります。自分としてはやはりその手の人がもちやすい「不潔感」「間の悪さ」から
 出て来る(そしてそれを指摘できない)怒り、だと思っているのですが…。違う理由があるなら教えてもらいたいところです。
 「何だかよく分からないけど違う気がする」というのでは、正直「チー牛属性」の自分としても解決の方法が無いので。

>というか、これ以上この話をしても泥沼に入り込んでいく(すでになっている?)ので
>もうちょっと楽しい話をしませんか?
 確かにどこまで行っても結論が出ない話ではあると思うので、この辺りで切ってもいいかなとは思います。
 ただ自分への戒めも含めて「考えたくはないけれど、だから考えなくていいレベルではない、考えなくてはいけない話」
 ではあると思っているので、今回はここで一区切りとしても、気には留めておきたい、考え続けていきたい(いかなければならない)
 とは思っています。

>ツクール以外の趣味
 ツクール以外でも自分の今の趣味はほぼ全てゲームです。ただ最近はそれ以外の趣味に使う時間も減り、趣味の時間はほとんど
 ツクールに費やしているというのが現状です。
 
自由な雑談の場とはいえ、昨今の状況からぜひ取り上げてもらいたい話題とはいえ、
いささかフォーラムには不釣り合いだった話題を提供してしまったかもしれません。ご気分を害した方がいましたら謝ります。

お口直しの意味も含めて、別の話題を振ってみます。
世間は夏休み。…ですがそういえばゲームで作る世界には夏休み、というか季節の概念はあるのかな?とちょっと気になりました。
もちろん作る作品によって、あったり無かったりするというのが多いとは思いますが、作品における「季節の概念」を聞いてみたいです。
・季節の概念はない
・季節の概念は一応あるけれど、ゲーム内でそれが反映されることはない
・季節の概念というより土地の気候が重視される(この地方は紅葉している、この地方は積雪があるとか)
・季節の概念がしっかりある
自作品のRPGの場合は、日本の四季を踏襲しているケースが多いため、季節の概念も取り入れていることが多いです。
ただそこはあくまでゲームなので細かい演出(雪が降ったり紅葉したり)はあまり無いかな…という感じです。
セリフに反映させる(冬の季節に「寒くなってきたね」とか、小学生が主人公の事が多いので「わーい夏休みだ~!」とか)ことが多いです。
 
最後に編集:

亀井ろろろ

ユーザー
>どのあたりが違うのか詳しく教えて頂けると参考になります。
チー牛に関してはうっぷんだけじゃなくて本当にただ単に「恨みないけど見下すの気持ちいいからバカにしたろww」って言う人もいる気がします。

追記:自分宛じゃないのに返信してしまった。申し訳なかったです。

>季節
雪国とか地域で作るのはやったことありますが、

時間の概念とかゲーム進行度に合わせて変化するというのは、
季節がない普通のRPG作るだけで手いっぱい、という人からみると難しい。
 
最後に編集:

jun

ユーザー
ツクール以外の趣味はいっぱいあるので、ここに書くのはインドア関係にしぼります。
映画を観ることや漫画を読むことや絵を描くこと(ラクガキ程度の漫画も)や、ゲームをすること、小説を書くこと……等です。

映画は元々映画館で観るのが好きなんですが、今は映画館に行けなくてDVDで観ています。

創作がとにかく好きで漫画も大好きなので、子供の頃は漫画が描きたいと思って絵を練習しましたが、実際は遊んでばかりいたせいか絵が上達せずに悩んでいた頃、友達に勧められて小説を書き始めました。

そもそも小説を読むのが苦手だったので、文章で物語を書くというのは考えもしなかったのですが、書いてみたら楽しくて趣味の1つに入っています。


今作っているゲームはその自作小説を原作としているのですが、小説の方では季節の概念はしっかりありました。

未来の日本という設定で、もちろん今の日本とは気候が違うのですが、季節の移り変わりっぽい描写を所々に出していました。(現代人の主人公が昔と違う部分を感じています)

ただ、ゲーム版の方では日付などの設定もありませんし、ずっと同じ季節の方が楽なので『季節の概念は一応あるけれど、ゲーム内でそれが反映されることはない』です。演出等で必要があれば表現しますが、今のところずっと同じで間に合っています。

それと、物語の舞台が広くはないので、土地によっての気候の変化などもしていないです。 (舞台が広ければさせると思います)
 

亀井ろろろ

ユーザー
小説書けるのうらやましいと思いましたが、そっか、実際に書いてみると感覚も変わるのかなあ…?
だがインプットが少なくてたとえ型を破ってもいいとしても型がわからない :kaoeh:

ゲーム作ってるのってたぶん文だけじゃ面白くできないから
操作できる部分とか素材とかでごまかしてるところもあるんです。自分の場合。白状すると。

戦闘いらねえんじゃねえと思っても
それだと本当に読むだけになるし…
と迷ったことがあります。

そもそも物語を表現したい人にはゲームは向いてないという説もどっかに書いてあったなあ…。:kaocry:
話だけじゃなくゲーム性も込みでシナリオ考えたほうがいいという話だった気がする。

ところで、魔王を恨むきっかけがあって街を出発→なんやかんやエピソードがありまして→魔王倒す
というゲームにしたい場合、
このなんやかんやに、四天王倒すとか、三つの剣を集めるみたいに
「○○個の」というのをやるのは便利なのですが、
これは結構、ツクラーあるあるでみんなもやる事なのか、べつにそうでもないのかどっちだろう‥?
そういうのの一つに氷のボスや武器があったりして、雪が降る町にいくとか割と考えるけど…。
 
最後に編集:
>映画は元々映画館で観るのが好きなんですが、今は映画館に行けなくてDVDで観ています。
 なかなかエレガントな趣味でいいと思います。自分も良い映画を見てみたい、見て勉強になるかも…という気もあるのですが、
 1時間以上ジッとしているのが結構つらくて、映画や2時間ドラマも途中で見るのに疲れて来るので観られない…というのが現状です。

>話だけじゃなくゲーム性も込みでシナリオ考えたほうがいい
 自分の作り方はまさにそんな感じで「ゲーム性=遊びが先、シナリオは後」です。「遊び」要素が最優先でストーリーは後付け。
 そういう意味では自分の作品は「ゲームだからこそ面白い」作品に仕上がっていると思います。アニメ化とかするのは夢ですが、
 それで面白いものになるかどうかは…未知数です。

>「○○個の」というのをやるのは便利なのですが、
>これは結構、ツクラーあるあるでみんなもやる事なのか、べつにそうでもないのかどっちだろう‥?
 個人的な見解では「あるあるだと思う」です。それ「だけ」だとあまりにマンネリ化するので嫌う人もいそうな気はしますが、
 野球で言えばストレート直球、相撲で言えば突き押しという感じで、RPGの王道・セオリーの1つだと思っています。
 こういう正統派な展開を積み重ねて作ることでコツを掴めてくる、その積み重ねでアイデアのひねりも活きて来るし、
 これも工夫次第で面白い演出を入れることもできると考えています。
 

jun

ユーザー
趣味の小説に関する話ですが、自分は小説を書き始めたのが大人になってからで、創作の中で一番短いです。ツクールが一番長くて子供の頃から20年以上になります。
なので、元々ツクールで作ったゲームを小説にしていました。
今回初めて小説原作でゲームを作っていますが、大前提にツクールで作ろうと思っていた物語というのがあります。
たとえば、ゲームで本拠地システム作りたいから小説でも出す、みたいな形です。

文章で書いた方が簡単な場合も、ゲームで作った方が簡単な場合も両方ありますが、自分的にはゲームの方がしっくりいきます。文章での表現は未だに難しいです。


ちなみに亀井ろろろさんの仰る「〇〇個の」的なものは好きですし、自分のゲームでもよく採用します。
フリーシナリオも好きなので、「〇〇個の〇〇〇を集めろ」みたいな展開で自由に集められたら面白いかな、と思います。
 

亀井ろろろ

ユーザー
>ジッとしているのが結構つらくて
これが結構わかる:kaoblush:
子どものころは映画とかアニメとか、もうちょっと楽しみにしてて熱中できたんですが、
今は長いとキツイ。
DVD借りるときはテンション高くて、見ること自体もできるんですが、
見た後疲れというほどではないけど集中力使ったなーというのがあったり、
そのせいで見るのを先延ばしにしたり次のを見るのがおっくうに感じたり。

>「〇〇個の」
あ、やっぱみんなやるんですねw

>自由に「〇〇個の〇〇〇を集めろ」
変数でやるのが思いつきますが、いろんな順番でテストプレイしないと不安な性分でなかなか…
‥‥‥‥一本道でいいかなって結局なっちゃいます:kaoswt2:
 
最後に編集:
ゲーム内に季節の概念があるかということですが、「カミサマの秘め事」シリーズでは現代日本を舞台に1年間を1か月ごと章で区切ってますので、思いっきりあります。

その際に悩ましいのが「服装」です。
ペルソナシリーズをやった方は馴染みあると思いますが、私服・制服の夏・冬バージョン、浴衣、水着、冬山、季節に合った様々な服装があります。季節に合わせてグラフィックを用意するのが理想ですが…無理無理無理!
他との兼ね合いで諦め、通年である程度いける服装で設定しています。それでも今の酷暑を考えるとどうなのか…と感じる部分はありますが、ここは割り切るしかないのかなと。

ファンタジーの世界が舞台ですと、重装備で砂漠を歩いていても、半袖で雪山に突入してもあまり気にならなかったりするのですが、どうでしょうか?
 
>文章で書いた方が簡単な場合も、ゲームで作った方が簡単な場合も両方ありますが、自分的にはゲームの方がしっくりいきます。
 自分の作品が文章化したら…正直面白い自信は無いです。ゲームだからと割り切って作っている部分は大きいです。
 ただ「マンガだったら…」というのは少し興味があります。キャラ絵や演出で見せる点は小説よりはゲームに近いと思っているので。
 ゲームからマンガになるパターン、マンガがゲーム化するパターン、マンガとゲームが並行するパターン…。割とマンガとゲームは
 近い存在なのかもしれません。

>見た後疲れというほどではないけど集中力使ったなー
 すごくよく分かります。でも意外とゲームだと長めの通しプレイが苦ではないのが不思議です。むしろ今の方が集中力がある感じ。
 多分「ただ見るだけ」でなく、プレイヤーが介入する余地があるところに違いがあるのかなとも思いますが。

>「カミサマの秘め事」シリーズでは現代日本を舞台に1年間を1か月ごと章で区切ってますので、思いっきりあります。
 懐かしいです。楽しくプレイさせていただきました。
 干支ランジェパーティーでも使った手法なのですが、季節ごとのイベント(夏祭りとか)で季節感を出していたので、
 服装が同じ事にはあまり違和感は感じませんでした。

>ファンタジーの世界が舞台ですと、重装備で砂漠を歩いていても、半袖で雪山に突入してもあまり気にならなかったりする
 「そこはゲームだから」というのが強いと思います。グラフィックがリアルになってくると違和感が出てくる可能性もあるのですが、
 そこにまで拘ってしまうとかえってゲーム性を損なう恐れもある…と考えたのかもしれません。
 昔のゲームだと「砂漠は暑いのでマントを付けていないといるだけでダメージを受ける」とかもありましたが…。
 今「適切な服装をしていないとその場にいるだけでダメージになる」システムを付けてウケがいいかどうかは疑問です。

 真冬でも半袖半ズボンの男の子(昭和の時代はクラスに1人はいた)だったり、極寒の雪山をミニスカートで駆け抜ける少女だったり、
 完全に気候度外視で、服装もほぼ統一しています。「このキャラはこの服装」という服装そのものがキャラの記号でもあると考えます。
 

亀井ろろろ

ユーザー
>ゲームだと長めの通しプレイが苦ではない
ちょっとずつ入っていつのまにか最終的に深くまで行けるイメージがあります。
おっしゃるとおりプレイヤーが介入できるのでゲームの事を考える頭になるというか。
自分だけかもしれませんが逆に序盤で入っていけないと集中できないことが多いです。

>服装
長期連載で髪型や服装を行く場所によって変えても、
キャラがわかってある程度見た目の魅力も保てる
漫画とか見てるとすごいなあと思います。
でも自分のゲームではほぼ余裕ないですね :kaosigh:

水着やお風呂のグラフィックが無いから海に行っても水には入らず風呂に入るとき暗転させることも…。
(イスに座っててもベットの上でも歩行グラフィックは立ってるし。)

>真冬でも半袖半ズボンの男の子
>極寒の雪山をミニスカートで駆け抜ける少女
これはむしろ逆に好きな人もいそう。とくに男の子の方はそういう時代や少年の象徴とかの表現としても使われそう。
 
>○個の○○を集める
あるあるなんだけれど、王道系ゲームでは、ゲームの進行度をはかる重要な役割をしてますね。
DQ2の5つの紋章、DQ3の6つのオーブ、マザー1,2の8つの音楽、天外魔境2の7つの暗黒蘭を斬る、
FFシリーズの4つのクリスタルの力の解放……
コンシューマー系でさえ、しかもマザーでさえ、「○個の○○」に該当するんだから、
我々が作るゲームでも、さもありなんと思いますね。

やはりこれだけ愛されているのは、ゲームの進行度が分かりやすくなるからでしょうね。
僕としては、僕の心のゲーム、マザー1や2が採用している時点で、全然許せます。

>服装
ゲームに限らず、アニメでも、いつも同じ服ですよね、主人公たち。
ドラえもんののび太も、季節によって半そでか長袖の違いくらいしかない。
ましてやゲームでは……。
そういえば、僕のゲーム、ムンホイの主人公(幼稚園児)や、ぼくのすむまち第1話の主人公(小学生)は、
主人公として目立つように黄色い帽子をかぶってますが、
「授業中に帽子被るな」という意地悪なコメントを戴いたことがあります。
(それらを作ったツクールでは、主人公の容姿を変えるコマンドすらないのにどうやって)
それをいうなら、服を着たまま温泉に入るゲームが多い(桃太郎伝説とか、マザー2のサターンバレーの
ゲップー撃破後とか)のを突っ込んでよ、って思いました。

昨今のゲームではドラクエ9あたりから、装備品がローポリの3D表示になったため、
装備品によって姿が変わることがドット絵より容易に出来るようになって、変わったのもありますけれど
ドット絵主流のフリゲ界隈ではまだまだかな。
 
ゲーム内に季節の概念があるかということですが、「カミサマの秘め事」シリーズでは現代日本を舞台に1年間を1か月ごと章で区切ってますので、思いっきりあります。

その際に悩ましいのが「服装」です。
ペルソナシリーズをやった方は馴染みあると思いますが、私服・制服の夏・冬バージョン、浴衣、水着、冬山、季節に合った様々な服装があります。季節に合わせてグラフィックを用意するのが理想ですが…無理無理無理!
他との兼ね合いで諦め、通年である程度いける服装で設定しています。それでも今の酷暑を考えるとどうなのか…と感じる部分はありますが、ここは割り切るしかないのかなと。

ファンタジーの世界が舞台ですと、重装備で砂漠を歩いていても、半袖で雪山に突入してもあまり気にならなかったりするのですが、どうでしょうか?
>文章で書いた方が簡単な場合も、ゲームで作った方が簡単な場合も両方ありますが、自分的にはゲームの方がしっくりいきます。
 自分の作品が文章化したら…正直面白い自信は無いです。ゲームだからと割り切って作っている部分は大きいです。
 ただ「マンガだったら…」というのは少し興味があります。キャラ絵や演出で見せる点は小説よりはゲームに近いと思っているので。
 ゲームからマンガになるパターン、マンガがゲーム化するパターン、マンガとゲームが並行するパターン…。割とマンガとゲームは
 近い存在なのかもしれません。

>見た後疲れというほどではないけど集中力使ったなー
 すごくよく分かります。でも意外とゲームだと長めの通しプレイが苦ではないのが不思議です。むしろ今の方が集中力がある感じ。
 多分「ただ見るだけ」でなく、プレイヤーが介入する余地があるところに違いがあるのかなとも思いますが。

>「カミサマの秘め事」シリーズでは現代日本を舞台に1年間を1か月ごと章で区切ってますので、思いっきりあります。
 懐かしいです。楽しくプレイさせていただきました。
 干支ランジェパーティーでも使った手法なのですが、季節ごとのイベント(夏祭りとか)で季節感を出していたので、
 服装が同じ事にはあまり違和感は感じませんでした。

>ファンタジーの世界が舞台ですと、重装備で砂漠を歩いていても、半袖で雪山に突入してもあまり気にならなかったりする
 「そこはゲームだから」というのが強いと思います。グラフィックがリアルになってくると違和感が出てくる可能性もあるのですが、
 そこにまで拘ってしまうとかえってゲーム性を損なう恐れもある…と考えたのかもしれません。
 昔のゲームだと「砂漠は暑いのでマントを付けていないといるだけでダメージを受ける」とかもありましたが…。
 今「適切な服装をしていないとその場にいるだけでダメージになる」システムを付けてウケがいいかどうかは疑問です。

 真冬でも半袖半ズボンの男の子(昭和の時代はクラスに1人はいた)だったり、極寒の雪山をミニスカートで駆け抜ける少女だったり、
 完全に気候度外視で、服装もほぼ統一しています。「このキャラはこの服装」という服装そのものがキャラの記号でもあると考えます。
よくリアル寄りデザインの騎士が服のような物を着てますがアレはサーコートと呼ばれる物ですね。装飾や所属をはっきりさせる目的もありますが、鎧が熱くならないように付けています。熱したフライパンや炎天下の車を想像すると分かりやすいと思います。
 
>サスケさん
>「授業中に帽子被るな」という意地悪なコメントを戴いたことがあります。
 「そこはゲームなんだから一つ見逃しちゃくれませんか?」と思わず言いたくなります。
 自作品でもおでこにサングラスをかけた子とか、派手な髪留めをして学校に通う子もガンガン登場してます。
 (風紀委員にピアスを付けさせたのはさすがにしまったと思いましたが…)
 ゲームにリアルな表現が出来るようになったからと言って、リアルにしなければいけないという事も無いと思っています。
 かのドラクエですら、倒れグラフィックは基本的に立ち絵を横に倒したものでしたが、それでもちゃんと伝わりましたし、
 そこにツッコミを入れる人も少なかったと思います
 (さすがにⅢのオルテガの戦闘シーンのグラフィックが「さつじんき」と同じなのはどうかと思いましたが)

>亀井ろろろさん
>長期連載で髪型や服装を行く場所によって変えても、
>キャラがわかってある程度見た目の魅力も保てる
>漫画とか見てるとすごいなあと思います。
 昔、とある漫画講座を見ていた時「キャラクターはシルエットにしても誰だか分かるようにするのがいい」と書かれていました。
 それだけ、多少の変化があってもシルエットという根本だけでキャラを引き立たせるのが大事ということなのかな…と思っています。
 幸い、ツクールMVのキャラクター生成機能は髪型を変えると割とシルエットでも誰だか分かりやすい感じがする(と思う)ので、
 ツクールMZの生成機能でもいい感じのキャラが作れたらいいな、とは思います。

>これはむしろ逆に好きな人もいそう。とくに男の子の方はそういう時代や少年の象徴とかの表現としても使われそう。
 「見た目的にはものすごく魅力ある服装なんだけど自分がやるのは嫌」という何ともワガママな性分です。
 キャラに散々その恰好させるくせに自分自身は体育の授業以外は全シーズン長ズボンでした。理由は「恥ずかしい」。
 大勢の前で話すとかそういうのは平気なのですが、いざ自分の体(特に脚)を見られる対象になったと考えるとダメでした。
 さらに当時の半ズボンは今考えればビックリするくらい短く、それこそ座り方によっては隙間から下着がチラつくレベルでしたので「丸見え」とか声に出された日にはそれこそ火が出るレベルで恥ずかしかったです。
 そんな感じで「好きだったけど出来なかった服装」をキャラにさせているというのがあり、それが許されるのがゲーム制作だなと思います。

 「自分がやりたかったけど出来なかったことをキャラにやらせる」これは服装に限った話ではなく、いろいろ考えられると思います。
 とある漫画家さんは勉強が出来なかった子供時代「将来ムチャクチャ勉強できるヤツが主人公のマンガを描いてやる!」と誓って、
 実際に描き、連載まで辿り着いたそうです。そういう意味ではある種のコンプレックスも使いようによってはアイデアのひねりの
 練習にもなり、強力な武器にもなり得るかなと考えています。
 
最後に編集:

jun

ユーザー
服装は、自分の今作っているゲームではたまに変わります。

装備品で変わるわけではなく、イベントですね。家の中と旅に出る時は違いますし、パーティーではドレスを着たり、戦争イベントでは鎧を着たり。

第一部は公開していて今は第二部を作っていますが、第二部ではコスプレ的なイベントもあるので変わることが第一部より多いです。完全に趣味です。
おかげで一人のメインキャラの服装変更込み顔グラ表情差分が300を超えました。(まだ増えています)

ホコグラも服装変更のおかげで何種類もあります。


服装変更に関しては装備品で変わる仕様のゲームを作っている人もいるのですごいなぁと思います。
 

亀井ろろろ

ユーザー
>「授業中に帽子被るな」という意地悪なコメント
これはひょっとしたら僕らが「ドラえもんの服っていつも一緒だよねー♪」という話で盛り上がる程度の意味合いで、
本気で苦情を入れてるわけでは無い場合もあるかもしれません。
とくにアツマールとか実況動画とかだと見てる人とコミュニケーションするために
茶化して楽しんでるだけで、本気で変えてほしいとは思ってない、みたいな

実際に笑えるかは謎だしそれを悪趣味と感じるのもわかりますが。
 

ヨルシ

ユーザー
服装には拘ります。常に鎧はしんどそうです。
鎧で寝るのは背中が痛そうです。
青年男子の主人公なら、半裸、私服(例えばTシャツ)、鎧で、パターン分けします。
MVの公式サイトのキャラ生成の追加素材の女性の黒いドレス(?)は万能だと思います。
摩訶摩訶のヒロインみたいに、私服でもバトルでもいけそうです。
 
>亀井ろろろさん
お気遣いありがとうございます。まあ僕も「意地悪なコメント」と書いていますが
内心「その通りだよ!」と半分笑いながら書いていました。

服装と言えば、FF4のセシルの暗黒騎士時代。
この時は、装備が暗黒系以外装備できず、
「ふく」とか、誰でも装備できるものまで装備不可能だったんで
だったらお前下着も暗黒系のつけてるのか? と意地悪なこと考えたりもしていましたから。
 
ドラクエ3の勇者とか剣を構えたままベッドで寝てましたもんね
確かに考えると中々シュール:kaoswt2:
万が一に備えてかもしれないですが、アリアハンの自宅でもその恰好だし…危機意識が高いのかもしれない。

ついでですが、宿屋でパーティーの人数とベッドの数が合わないときにどうしているんだろうと気になることがあります。
むしろベッドが足りているか部屋を確認しています。足りてなくても泊ってますが。
子どものときは気にならなかったんですけどね…くだらないことでちょうど800件目、すみません。
 
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